九、立ち聞き(2)

 朝っぱらからウザい奴の襲撃を受けたせいか、その日の隊長はなんとなく不機嫌に過ごしていた。べつに言動がとりたてて普段と異なるということはないのだが、表情が今一つ明るくない。そんな沈鬱な野郎と一緒にいるのはうっとうしい。何かスカッとすることはないかなと思っていると、折よく陽気な人がやって来た。
異度いどくんちっとも遊びに来てくんないからオレのほうから来たよ。」
甲高かんだかい声で言うと、ニコニコしながら近付いて来る。隊長も嬉しそうに笑った。
 隊長の部屋に行く。このあいだは気付かなかったが、李隊長は歩く時に若干足をひきずるようにする。歩兵だったら使い物にならないだろう。チビで痩せのうえに足まで不自由とくると、見ていてなんとなく痛々しいが、本人は至って陽気だ。
 隊長の部屋に一歩足を踏み入れるなり、李隊長はなぜか
「オエ、気持ち悪。」
と言った。隊長がたずねる。
「具合でも悪いんですか?」
「あ~気持ち悪い。具合悪くなりそう。なにこのスッキリ整然とした部屋! 落ち着かない! 生活感がないよ。なんで几案つくえの上になんにも載っかってないの? 文房具すらないじゃん。」
几案つくえは物置き場じゃありませんもん。この上に物が載っていたら、仮寝うたたねしたい時に困るじゃありませんか。」
「書き物をする場所じゃないのかい? 仮寝うたたねするための台?」
「そうです。この上に書類が乗っかってきたら、即座に血相変えて排除しますよ。俺の大事なお昼寝台を侵すことは断固許さんというわけです。」
「働き者なのか怠け者なのか分からないね。」
「怠ける時間と場所を確保するためにせっせと働いてるんですよ。」
「アハハハ、至言だねえ。それにしても落ち着かない……。」
「なんか散らかしましょうか。そうだ、お茶の道具でも出しましょう。峨眉山がびさんのいいやつがあるんです。」
「大酒飲みで大飯食らいのうえに茶までたしなむのかい?」
「酒は勧められなければ飲みませんよ。下戸げこさかな荒らしです。」
「下戸じゃないじゃん。樊噲はんかいだよ。老張ちょーひの酒の相手とかしてたんでしょ?」
「いえ、お前は飲むなって言われました。酒がもったいないって。」
「張車騎って酒豪でしょ? その人にそんなふうに言われちゃうのかい?」
「酒豪じゃないですよ。弱いくせに好きなんだからたちが悪い。」
「ふうん。キミから見れば誰でも酒弱いように見えるのかもしんないね。このあいだのあれ笑っちゃうよねえ。全部で十六人いたでしょ? みんなで潰しにかかってんのに、返り討ちだよね。最後まで正気だったのオレら二人だけだったもんねえ。オレ一滴も飲めない人だし。」
「ああ、あれそういう趣旨だったんですか。みなさんずいぶん気を遣って下さってるなあと思ってたんですけど。」
「アハハハ、おめでたい人だなあ。」



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