七、巨獣と競う(6)

 敵の馬に疲れが見え始めた。走る時に馬体がむやみに上下している。そんなに揺れては乗ってる騎兵も疲れるだろう。ほこを繰り出すどころではない。ザマミロ。俺達はまだまだ元気一杯だ。
 またたっぷり一時は経ったと思う。飽きもせずによくやるぜ。馬鹿だろ。李隊長が馬を近寄せてきた。
「もうじき日が暮れるよ。どうする?」
「思い出すなあ。建安けんあん十九年、葭望関かぼうかん。私あの時張車騎ちょうしゃきのすぐそばにいたんですよ。」
「まさか松明たいまつ灯して続行? 正気かい?」
「降参します?」
「しないよ。」
「じゃ続行。」
「将軍に伝令送っとくよ。きっと面白がって松明いっぱい持って来てくれるよ。仲裁するような人じゃないからね。」
楽しげに笑って馳せ去って行く。笑ってないでさっさと降参しろよ。将軍も面白がって松明なんか持って来るんじゃねえぞ、仲裁するんだぜ、頼むぞ親分。という俺の心の中での声かけも虚しく、将軍が松明をいっぱい差し入れに来た。よその部曲督ぶきょくとく司馬しばなどをぞろぞろと引き連れて面白そうに観覧している。呑気な奴め。俺達の晩飯はどうなるんだ。なんとかしろよ、魏延ギエン
 松明の灯りをたよりに旗の色を識別する。炎に照らされながら旗を振りボカスカやっている隊長はこの世のものとも思えない。疲れないのだろうか。相変わらず楽しげだ。一方、隊長にかかっていく敵の騎兵達は明らかに意気阻喪している。なんでいつまでもこんなことを続けなけりゃならねえんだ、という心のつぶやきが動作の端々から滲み出ている。じゃあやめればいいのに。なんなんだ、奴ら。
 俺達は敵をシカトして隊長の旗だけを見ている。馬に踏みつぶされずにいることが不思議だ。きっと隊長がうまく誘導してくれているのだろう。騎兵よりも歩兵のほうが隊列移動は素早い。動いたり止まったりで、さすがにくたびれてきたが……。
 今夜はいい月だ。まんまるな月が空の真ん中まで昇ってきた。……って、いつまでやるんだよ。もう夜中じゃないか。よい子はねんねの時間です、隊長。立ってるだけで息切れがする。というか、ふらふらだ。敵にもかなり疲れが見える。馬が不意にがっくりと膝を折って倒れたり、兵隊が何もされないのに勝手に落馬したりしている。ほこ代わりの棒を取り落とす者は続出し、隊列から外れてあさっての方向に走り出す馬もいる。訓練でここまでやってはいけないのではないかという次元だ。誰も止めないのだろうか。馬鹿ばっかりだ。将軍は何をやっているんだ。と思って見ると、将軍はすでに呆れて帰ってしまっていた。なんということだ。放っておかないでくれ、将軍! 俺たちの隊長は二人とも馬鹿なんだ! 放っておかれたら、俺達、みんな死んじゃうよ! 助けて! 部下をしっかり監督して下さい!



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