七、巨獣と競う(3)

「そんな反戦思想、部下の前でしゃべっちゃっていいんですか?」
「常識的なことを言っただけだぜ。丞相じょうしょう――おっと、右将軍だっけ――だってそのくらいのことさせてるって覚悟があって命令出してると思うけどな。身も細るわけだよ。お気の毒。」
ヘラヘラしながら喋っているのがとてつもなく不謹慎に見える。ムカムカしながら見ていると、隊長はにわかに表情を引き締めた。
「俺もみんなに当たり前のことをやってもらってるとは思ってねえよ。しかし、できるかできないかって言えば、できる。」
謎の発言だな、と思っていると、隊長はニコッと笑った。
「皆さんはできます。お馬ちゃんに勝てます。」
なんだ、その話か。屯長があきれ顔でぼやいた。
「それをなんで面白がってわざわざ訓練でやるかなんですよねえ。」
「いいじゃん。できるんだよ。やろうぜ。」
隊長はケラケラと笑った。ほんとにできんのかなあ。まあ、隊長ができるって言うんなら、できるんだろう。
「さ、体力勝負。張り切っていきましょう。進無当しんむとうでも歌って気勢上げよう。」
「そんな好戦的なやつを歌って挑発してどうするんですか。」
「いいじゃん、挑発しようぜ。アツくなってもらってしょっぱなから飛ばしてさっさとバテてもらおう。でも李さんこのくらいで怒んなさそうだな。『アハハハ、異度いどくんやる気満々だねえ』とか言って笑ってそう。まあいいや。ハイ、歌って。」
  王師伐賊進無当……
 (おうぞくつ 進みて当たる無し……)
この歌は景気いいから好きだ。俺達が気持ちよく歌っていると、鉄騎隊が準備運動がてら挑発的に俺達の近くをドカドカと走り回り始めた。地べたを駆けずりまわる歩兵に砂埃を浴びせかけ愚弄する魂胆だ。李隊長はほんとに「アハハハ、異度くんやる気満々だねえ」なんて言って笑っているのだろうか。
「李隊長って、そんなしゃべり方なんですか?」
「そ。ちょっと普通じゃない感じ。ありゃあ手強い相手だぜ。」
「なんでよりによって手強い相手に挑むんですか?」
「あの人親切だもん。演習に協力してくれって言えば断らないだろうと思った。他にこんなことにすぐ付き合ってくれそうな人いないもんなあ。」
「今すぐやろうっていう申し出が気違い沙汰なんですよ。断るのが普通です。」
「だよな。だからあの人は普通じゃない。ケッケッケ。」
「なに笑ってんですか?」
「なんか面白くなってきちゃった。ワクワクしちゃう。」
俺もワクワクしてきた。馬のドカドカいう足音を聞き、巻き立てる砂埃の匂いを嗅ぐと、無条件に血が騒ぐんだ。
 李隊長が騎馬でついと近付いてきて、こう言った。
「あのさあ、オレらがキミ達を襲撃するって想定でしょ? でも実際にはさっき異度くんがオレらを奇襲してきたよね。アハハハハ。」
笑いながら蝶のようにひらひらと部隊に戻って行った。小柄な人だ。十二、三歳のガキンチョに見える。声も甲高い。騎兵っていうのは小柄な人間のほうが有利らしいが、見るからにちんちくりんだ。ふうん、この人が有名ならんか。想像してたのと違う。



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