七、巨獣と競う(1)

 隊列移動の練習は、隊長が着任する以前にも当然のことながら普通にやっていた。隊長の調練を受けるようになってからも、まあ内容的には普通にやっていた。遅いだの揃ってないだのとガミガミ言われる以外は。しかし、その日の調練はいつもと違っていた。
 整列。赤、黒。青、黄、白。青、黄。赤、黒、黄、青。とみるまに黒。目が回りそうだ。
 俺達は精鋭だ。やれと言われたことはキッチリやる。しかし文句を言いながらやるのが悪い癖だ。辛抱切らした戦友から怒号が飛ぶ。
「おちょくってんのか!」
ふつうの部隊なら、こういう発言は屯長が通訳を加えて隊長に伝え、隊長からの回答を得るのだろう。しかしうちの隊長は直接言い返す。
「俺はいつでも大真面目だぜ。」
この人の声は不思議だ。とりたてて大声を張り上げているふうでもないのにきちんと遠くまで届く。
「今ちょうど見えない敵さんの大事な騎兵隊がズタズタになったとこだぜ。分かんねえのかこのボンクラめ。」
一言余計だ。俺達は誇り高いのだ。りょう屯長が慌てて仲裁に入る。
「実際に騎兵の姿が見えているのでなければ分かりにくいかと。」
ええ~、それ仲裁になってねえよ。俺らはボンクラですって言っちまってるよ。俺の落胆をよそに、隊長は満面の笑みを浮かべる。
「おっ、いいこと言うじゃん。よっしゃ、隊長に騎兵との合同演習を申し込んでこよっと。陳屯長、あとよろしく。」
「え、今すぐ申し込みに行くんですか? あとよろしくってどうしときゃあいいですか?」
「思い立ったが吉日だ。あとのことは君考えて。実戦で俺が流れ矢に当たって急死しちゃったら君すぐ代わりをやる係だろ? ハイ、隊長急死を想定した訓練開始。がんばって。じゃあな~。」
もうホントに今すぐ死んでくれ。なんてせっかちな野郎だ。隊長が急死した場合に代理を務める順番は、陳屯長、黄屯長、宋屯長と決めてある。

 鎮北ちんほく麾下きかには四種類の騎兵隊があり、李隊長の鉄騎隊は中でも最精鋭だ。李隊長はお調子者で変わり者だがやり手だという評判だ。俺は直接の面識はないが、鉄騎隊がここぞというところで突撃をかけて敵の戦線を崩壊に陥れるような場面を何度か見たことがあるから、やっぱスゲエ人なんだろう。よりによって何故その評判の鉄騎隊長に、什長上がりのペーペーの刀盾とうじゅん隊長が挑むのだろうか。
 鉄騎隊は外でもうもうと土煙を上げながら調練の真っ最中だ。韓隊長は一人で気軽に馬にまたがって李隊長を捕まえに行く。
 程なく両隊長が馬を並べて戻って来た。と見るまに、連れだって今度は魏鎮北を襲撃に行く。二人とも楽しげにウキウキと歩いて行く。似た者同士なのだろうか。たちまち将軍の許可を取り付け、さっそく演習にとりかかる。さっき韓隊長が急死してからわずか二刻での急展開だ。せっかちすぎるだろ。「刻」という時間の単位を使う人も少ないだろうから一言解説しておくと、一刻は一昼夜の百分の一だ。



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