六、貊炙(ばくせき) (3)

 訓練に関しては、多少の無茶ぶりはあるにしても、さほど理不尽とは感じなくなってきた。表現方法に問題はあるにしても、内容的にはまあ信頼してもよいと思う。しかし日常生活に関して異常に細かく言われるのには閉口した。
 便所の使い方とか、超細かいんだ。ちょっとでも汚れたまんまになってると、いちいち怒られる。ゴミを落としておいても叱られる。着衣の乱れや官品の手入れ不良についてもいちいち目くじらをたてる。ウザいことこの上ない。そしてとうとう事件が起こった。
 その日は夕食に豚の骨付き肉が出たんだ。みんな当然ながら、通常の作法通りにポイポイと骨を投げ捨てる。俺はこのあいだ隊長が「おおやけの場でこんな態度をとりやがったら、ただじゃおかねえ」と言うのを聞いていたので、これはマズいなあと思ったが、五百人以上もの大勢でみんながみんな似たようなことをしでかしているので、これはどうしようもないなあと思って戦戦兢兢としながらも放っておいた。と、やはり隊長はお怒りの様子で、がなりたてた。
「ああああ、なってねえなってねえ。なんでいちいち物を地べたに置きっぱなしにしとくんでえ。この誰が食ったのか分かんねえ愛おしげにしゃぶられた骨ちゃんがよお、このままコロコロ転がってじめじめした天気が続いた挙句大雨にでもなってみ? 下手すりゃ俺ら傷寒で全滅。おお怖え。」
みんなきょとんとして、冗談かなあと半ば疑いつつあいまいに笑う。
「おおげさじゃないですか。」
「軍隊ってな何事もおおげさにクソ真面目にやるとこじゃねえのかい。新兵でもあるまいに、なんてザマだ。そこらにある寡黙な壺たちが何のためにあるか知らねえわけじゃあんめえな?」
「そりゃあ、知ってはいますけど、ちょっと遠いんでつい。」
「六百里を元気に歩ってきた諸君がこれっぽっちの距離を歩く勇気もねえか。笑わせるぜ。」
俺は話の内容よりも隊長のしゃべり方が気に食わない。
「あのお、おっしゃってることはごもっともなんですけど、もっと普通に注意して下さいよ。何か言うたびにいちいちネチネチいやみな言い方するから嫌なんですよ。」
「俺あ性格が悪いんだ。なんかしゃべればイヤミになっちまうよ。聞きたくなきゃあ一分の隙もなく行動して俺様をピタっと沈黙させてみな。」
おや、みんな沈黙した。隊長にしかられてしょげて黙ったのではない。その逆で、闘争心をかきたてられたのだ。俺達は、すぐ熱くなる。ガキだ。

 その晩、屯長達は悪だくみをするガキンチョどものように長い間話し合っていた。そして俺達にもこまごまと話があった。いかにして隊長を沈黙させるか。日常生活から訓練のことまで、微に入り細に入って確認をした。一分の隙もなく行動するために。



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