五、魔境(6)

 隊長の馬は名馬玉追ぎょくついの孫で、まだ稚気の残るやんちゃな三歳の青毛あおげの雄、去勢もしてないたいそう難しそうな代物だ。自前で馬を用意するのが大変だろうからと誰かが気を回して余っていた軍馬を回してくれたらしいが、よりによってそんな落ち着きのない馬をあてがったのはきっと歩兵出身の隊長を侮っての嫌がらせだろう。隊長はこの馬をたいそう可愛がり仲良くやっている。隊長いわく、馬鹿は動物に好かれるのだそうだ。それにしても、よりによって山奥の狭い桟道を、歩兵出身の男が、去勢してない三歳馬に乗って行軍するなど、あまりにも無謀だ。もし馬がぴょこぴょこ暴れたら、たちまち落馬して千尋の谷底だ。面白いから放っとこうっと。隊長は最後尾を進んで行軍を監督しているから、谷に落っこちても気付かなかったふりをして置いてっちまおう。
 いよいよ山道に入る。くねくねとした上り坂だが、歌をうたいながら楽に上る。山の空気、鳥の鳴き声、軽くにじむ汗、どれも気持ちがいい。けっこうな早足だが、楽に歩ける。俺こんなに超人だったっけ。
 隊長は小休止のたびに、汗をしっかり拭けだの履きものを脱いでおけだのと隊員たちにこまごまと指示を出してくる。いちいち小うるさい。一方、隊長自身は自分のことにはろくに構いもせずせっせと馬に水を飲ませたり蹄を点検したりしている。それが終わると愛おしげに毛をいたりおやつをあげたりして馬と遊んでいる。馬に乗っているのって疲れないんだろうか。けっこう揺れるから腰とかキツいって聞いたことがあるが。面倒くさいが人道的観点から一応声をかけてみる。
「あのお、隊長休憩とかしないんですか? 馬の世話とか自分やりますけど。」
「騎兵は行軍中が休憩だ、なんて無茶なことをほざいてる奴がいたっけな。ギャハハハハ。ま、誰かにお願いしたい時は馬当番を呼ぶよ。」
「遥か前方にいるじゃないですか。どうして隊列の中に入れちゃったんですか?」
「だって近くにいたら、俺やっとくからいいよ~って言ってやっても絶対気を遣うじゃん。」
「だから、それは隊長がやらないで当番にさせるべきなんですよ。」
「馬の世話までさせると当番が自分の世話をする時間がなくなるだろ。」
「当番の意味ないじゃないですか。」
「誰かにお願いしたい時だけ当番をオーイって呼ぶんだよ。」
「意味分かんない。まどろっこしくないですか?」
「当番ばっかり疲れさせると全体の行動にさし障るからさ。俺もお馬ちゃんとベッタリ行動を共にして仲良くなっといたほうがいいし。」
「ちょっと横になったりとかそういうことしないで疲れないのかなっていうのが疑問だったんですけど。」
「馬から下りるたびに色んな格好して動くほうが楽なんだよ。」
「へえ、そういうもんですか。」
じゃあまあいいけど。放っときます。



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