三十八、得勝回(勝ちを得てかえる)(9)

 突然、かねが鳴った。我が軍の司令部からだ。信じられない。勝利は目前だろう。唖然としている俺達に、隊長は呑気な声で
「はい、鉦だぞ~。」
と言った。なるほど、たしかに。もう夕方だ。時間切れか。日没までまだ少し時間がありそうだけどな。鉦を鳴らすのがちょっと早いんじゃなかろうか。一拍遅れて敵も鉦を鳴らし始めたが、どうしてうちのほうから先に鉦を鳴らしたのだろう。納得がいかない……。

 双方、兵を納めて整列する。魏鎮北麾下きかの精鋭たちは平常通り素早く定位置に戻るが、自由闊達な気風のある軍であるので、不服気にどよどよとくっちゃべりながら並んでいる。うちの王仲純が馬鹿まるだしで
「どうして鉦なんですか!」
わめいたら、隊長はニマッと笑った。
「へっへっへ。先方から猛抗議が来たってよ。諸君の戦い方が行儀悪いことこの上ないってな。まさか我が軍が誇る最精鋭をこてんぱんにやっつけて自信を粉々に打ち砕くわけにもいかねえだろ。」
みんなきょとんとした表情で隊長を見る。隊長は口に手を当てて前かがみになり、内緒話でもするような姿勢でこう言った。
「こっちの勝ちだ。」
こらえきれずに万歳の声が上がる。周りの諸部隊が同調して太鼓を打ち鳴らし、将軍の鼓吹こすい隊が「得勝回」を奏で始めた。当方全軍声を合わせて凱歌を歌い、いつしか敵方の軍も同じ歌を合わせて歌い始めた。日が没し、暗くなるまで延々とご機嫌で歌い続けた。和気藹々だ。ま、演習なんだから、これでいいんだ。



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