三十八、得勝回(勝ちを得てかえる)(4)

 開戦だ。猛烈な強弩きょうどの射ち合いの中、敵の工兵が架橋かきょう工事を行っている。……ヒマだ。
「ああ~、退屈だなあ。」
「不謹慎だぞ。大工出身の同胞が命懸けで架橋してんのに。」
「これ、もし実戦だったら命懸けすぎますよね。工兵って普通こんなもんなんですか?」
「いやあ、これは普通じゃねえなあ。普通だったら、夜陰に紛れてやるとか、なにか他の行動で敵の注意をそらしてその隙にやるとか、なんか工夫するだろ。こんな白昼堂々、真正面からやるなんて、普通じゃねえよ。根性試しなんじゃねえの? 矢の雨をものともせず冷静に工事ができるかどうか。」
「こっちからは架橋しないんですか?」
「さあ。向こうが橋架けてくれるんだったら待ってるほうが楽なんじゃねえ?」
「じゃ、どうして向こうは開戦早々せっかちに架橋しはじめるんですかね?」
「大将の気性きしょうじゃねえ? 自分から仕掛けて主導権を握りたいんだろう。」
「え~、じゃこっちはのんびり構えてて大丈夫なんですかねえ。」
「さあ。将軍にそう言って質問してくれば?」
「怖すぎ。」
うちの将軍だってそんなにのんびり屋さんではないが、ま、年の功なんだろう。
 今回、敵の大将は丞相じょうしょうではなくて姜奉義きょうほうぎだ。姜奉義がこの二年間調練してきた虎歩軍こほぐんを中心とした一個師団しだんを率いている。丞相がこの人選をした思惑おもわくは、虎歩こほの仕上がり具合を確認したいのと、姜奉義の指揮能力のほどを見たいんだろう。たぶん。一方、こっちは異度のガキが司馬懿を殺す練習をしたいって文長親分にダダをこねて、親分が面白がって冗談半分で税金使って遊ぶことにしただけだ。馬鹿すぎる。

 架橋は昼前に完了した。さて、河を渡って攻めてくるのかなと思いきや、河の手前に強弩を進めてビシバシ射ってくるだけだ。そんなことをされたってこっちの戦列が乱れるとも思えないけどな。せっかちに橋をかけたわりには悠長な攻撃だ。
 下流のほうはずいぶん盛り上がっている。数百歩離れた地点に布陣している我が軍の左翼は、敵の猛攻を受けている。将軍、どうしてちっとも軍を動かさないで防戦一方なのかな。左翼が崩れたらそっちから敵が攻めて来て、そうなればたぶん同時に正面の敵も渡河して来て、我々は二方面の敵に挟撃されることになるのにな。
 と、心配していたら、左翼のほうからかねの音が聞こえた。鉦っていうのは、退却の合図だ。俺はにわかに尿意を催しながら隊長に質問した。
「あのお、左翼が敗れましたよ。マズいんじゃないですか?」
隊長はにっこりと笑った。
「そうだな。もし我々が『わあ挟撃されるよ! どうしよう! もうおしまいだ!』ってビビって動揺するような烏合の衆だったとしたら、マズい事態なんだろうな。」
う~ん、なんか、ものの言い方がイヤミだ。



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