三十八、得勝回(勝ちを得てかえる)(3)

 もうじき開戦だ。隊長は未だ肩周りの固定具が外れない姿で不自由そうに馬によじ登っている。ふつう骨折してる人が馬になんか乗らないだろ。二万人もの人を集めて楽しげにしていやがって。俺は呆れながら訊ねた。
「普通ここまでやりますかね。」
「べつに普通に働くことが目的でここにるわけじゃないんだ。」
「なにが楽しくてやってるんですか? そんなニコニコしちゃって。」
「これ地顔。」
「馬鹿じゃないですか?」
「馬鹿です。って何遍言わせりゃ気が済むんだ? ギャハハハ、変な奴。どうしていっつも疑問形で聞いてくれるんだ? 俺が馬鹿だっていうことがいまだに信じられないのかな?」
「じゃ断定的に言って欲しいですか? 馬鹿野郎。」
「ギャハハハ、いい気分だ。」
「変態なんですか?」
「変態じゃなくて変人だよ。」
「変態と変人ってどう違うんですかね。」
「さあ。変態っていうと行為を伴いそうだけど、変人っていうのは観念的なものなんじゃないかな。」
「観念的ィ?」
俺は不気味になって隊長の頭の上から爪先までジロジロと眺めまわした。気色キショい。
「わざわざ痛い思いまでしながら兵隊にチャンバラを教えるなんて部曲督の仕事じゃないし、怪我をしたら普通のんびり休みますよね。なんで転んでもただでは起きないで二万人もの人を動かして骨折したまま馬に乗ってんですか?」
「えっと、質問が複雑なんだけど。何を聞きたいんだ?」
「普通に働くことが目的じゃないんなら、一体何が目的なんですかね。」
「前にも言ったじゃん。鶏犬けいけん相聞そうもん。」
「三百年も先の話をされたってピンときませんよ。」
「じゃ三十年後の俺達の自由のため。」
「隊長は自由になりたければ今すぐにどこへでも行けるでしょう。印綬いんじゅを勝手に外しちゃえばおとがめなしなんだから。」
「一人でシャバへ出たって、ゴミくずだよ。」
「え、そういう自覚あるんですね。じゃあゴミにならないように着々と布石を打っておけばいいじゃないですか。結婚するとか。」
「ギャハハハ、それで夫婦仲最悪で奥さんから粗大ゴミ扱いされたら悲劇だな。ギャハハハハ。一人でいることの孤独と、人と一緒にいながらの孤独と、どっちが深刻な孤独だろうなあ? ギャハハハハ。」
「ちょっと、馬上でそんなのけぞって爆笑したら危ないですよ!」
「大丈夫大丈夫、クロ賢いから。俺が落っこちそうになると、お尻でよいしょって位置を直してくれるんだぜ。」
「それぜったい気のせいですって。」
「違うよなあ。賢いもんね~。」
クロの首筋を触りながら優しく言う。クロは隊長のほうに耳を向けながら当たり前じゃないですかという顔をする。俺は何か手助けが必要な場合に備えて今日は戦列には加わらず馬の横に侍しているのだが、隊長が騎乗している間はたぶん何も手伝うことはないだろう。



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