三十七、小友(11)

「おはよう。ああよかった~、来てくれた。」
「おはようございます。そりゃ時間になれば来ますよ、当たり前に。どうしたんですか?」
「いやあ、参ったぜ。このザマじゃあ自分で身支度もままならねえじゃん? そんで、こんな寝ぼけたなりのまま出歩くのも気が進まなかったんで季寧が来てくれるの待ってたんだ。」
「え~、そんなの、すぐ呼んでくれればいいじゃないですか。」
「う~ん、でもこの格好でのこのこ呼びに行くのも気が進まなくってさあ。」
「あのお、歩哨ってなんのために二人一組でいるか知ってますか? 用事がある時は一人をお使いに出せばいいじゃないですか。」
「そこまでするほどでもねえと思ってさ。ふつうにいつもどおり飯食ってから来てくれれば充分間に合うし。でもどうしたの? いつもより早くねえ?」
「食事時に隊長が現れないなんて只事じゃないと思って大慌てで様子見に来たんですよ。」
「うわマジか! 感激だ。」
「そんなのけぞるほどですか。喜びすぎ。朝食はどうなさったんですか?」
「そこらへんにあるもん食い散らかしといた。」
「食欲ないんですか?」
「いや、べつに。」
「今日の朝飯は緑豆粥りょくとうがゆと茹で卵、咸豆腐シエンドウフ、落花生、酷黄瓜ツーフアングア添えです。」
「へえ、いいなあ。」
「食べたいですか?」
「うん。」
「じゃ持って来ますよ。もう。早く言ってくれればいいじゃないですか。」
出口まで歩いて行きかけて、待てよと思って振り返った。
「ところで、いま差し当たって何か困ってることあります?」
「じゃ身支度みじたく先に手伝ってくれる? ションベン行きてえ。」
俺は思わず舌打ちをした。
「もう! ションベン我慢しながらじっと勤務兵来るの待ってるなんて、異常ですよ! 犬じゃあるまいし!」
「人類を犬型人間と猫型人間に分類するとしたら、俺ぜったい犬型人間だと思う。」
殊更ことさらに荒々しい動作で身支度を手伝う。隊長はへらへらと笑っている。
「あのお、なんか困ってることがあったらすぐ口に出して言って下さいよ。そうじゃないとこっちがあれこれ気を回さなくちゃいけなくて面倒くさいじゃないですか。用事があったら夜中でもなんでも遠慮なく呼んで下さいよ。隊長は前々回の遠征で敵との交戦中に尿意をもよおした自分に思う存分放尿させて下さった恩人なんですからね。」
「ギャハハハ、それ面白えな。互いのションベンの危機を救い合う仲。刎頸ふんけいの交わりならぬションベンの交わり。今日からお前と俺はション友だ。」
「そんな切羽詰まってたんですか?」
「もしいま下腹に打撃を被ったらビショ濡れに……。」
「もう! なんでそんなの我慢しながら悠然とお菓子食ってたんですか!」
大慌てで服を着せて便所へ送り出す。悠揚ゆうよう迫らざる歩調で歩いて行くが、たぶんせかせか歩いたら漏れそうなくらいパンパンなんだろう。そうだ、俺なにか水瓶みずがめでも持って後からついてったほうがいいかな? もし隊長が漏らしたら、すぐさま水瓶を持ったまますっころんで現場を水浸しにしてごまかしてやろう。……異度のやつ、三十五にもなって他人にこんな心配させるなんて。ほんとガキだぜ。



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