三十六、譫言(うわごと)(6)

「簡単だよ。例えば、奴が足の小指の上になんか落っことして痛えなあと思いながら、その痛い部分をかばうような歩き方で行軍するとすんじゃん? 不自然な姿勢で長く歩いてっと足腰痛くなったりしてみんなから遅れがちになるだろ。そしたら当然仲間が奴の荷物を持ってやったり肩を貸したりして、そいつらも遅れるだろう。そいつらに合わせて行軍の速度を落としたら、作戦行動に支障が出ちまうな。それがもし将軍が以前おっしゃっていたような、長安まで十日で着いて東方からの援軍が来る前に長安を落とすっていうような作戦だったらどうなるよ。モタクタ行軍してる間に敵の援軍が着いちまってたらあっさり全滅じゃねえか。」
「え~、でもそういう時は、落伍者を置いといて計画通りの日程で行動するんじゃないんですかあ?」
「それは口で言うほど簡単じゃねえぞ。ボロボロと落伍者を出しながら平気でサクサク行っちまうような部隊が戦いに勝てるわけがねえ。誰だって自分一人のために出せる力はたかが知れてるからよ、落伍したって仲間の迷惑にはならねえってな態度で戦列に立ったら何をやっても一人の力の限界だけで終わっちまうよ。何が何でも全員一緒にやりとげるぞ、って覚悟をきめてかかれば、自分にはできないはずのことでもやっちまうもんじゃん? そういう力を使って戦うんだからな。落伍を許すくらいなら全滅を選ぶって覚悟でやるわけ。だからみんなには常に結婚式を三日後にひかえた女の子みたいに体のすみずみにまで細心の注意を払ってほしいわけ。わざとちっちゃい怪我をして喜んでるなんて態度は言語道断だ。」
「それなら隊長の喘息はどうなんですか? 最も落伍に近い人物はあなたなんじゃないんですか?」
「隊長なんかどうでもいいんだよ。壊れたと思ったら次の奴に交代するだけだ。みんな横にいる奴のために頑張るだろ。後ろの奴なんかどうでもいいぜ。」
「ふうん。おんなじ釜の飯を食って友達みたいな顔をして一緒に遊んでいるくせに、ご自身の中ではそこんとこ明確な線引きがあるわけですね。」
「三十年以内にこの戦争を終わらせて、シャバに戻って晴れてみんなと肩を並べて歩ける日を迎えることが俺の夢だな。」
本当かな。コイツはどう振る舞えばみんなが自分の望むように動くかを常に計算しながら動いている奴だ。いつかは本物の友達になるよって甘い言葉で誘っておいて俺に死戦を強いる魂胆なんじゃなかろうか。俺の疑念を見透かしたかのように、隊長はニコッと笑った。
「本当だよ。」
本当のことを言ってる時にわざわざ「本当だよ」なんて言う奴がいるだろうか。ふざけやがって。
「白昼夢ですか。勘弁して下さいよ。お日様の照ってる時間帯には寝言は言わないんじゃなかったんですか?」
「暑さでボケて譫言うわごとを口走ったんだろう。」
「去年の夏はこんなんじゃなかったじゃないですか。」
「遠征中だったからな。また遠征が始まれば治るよ。バリっとから元気が出て喘息も鳴りを潜めるだろう。」
遠征で空元気を出してはりきってるから平時に半病人なんじゃねえのかよ。弱いんだから弱い者らしく大人しくしてりゃあいいものを。馬鹿な野郎だ。



《広告》

ページ公開日: 最終更新日: