三十六、譫言(うわごと)(4)

「ふうん。なんか面倒くさい奴っすね。」
「季寧くんはご家族がそういう面倒くさいことをきちんとして下さってたからこんなに堂々とした立派な青年に育ったんじゃあないのかね。恵まれてると思って感謝しろよ。」
「感謝はしてますよ。」
なんにも分かってなさそうな若造が口先だけで「感謝はしてます」なんて言ったら、このオッサンは絶対なんか説教を垂れるだろうと思って身構えたが、隊長は予想に反してにっこりと笑った。
「ああそうか。そうだったな。」
「え、なんでそんな分かったふうな顔して満足げに笑ってんですか?」
「家族のことを愛していれば人生間違うことはない。たとえ天が崩れ地が裂け人類が滅ぶ日が来ても、季寧は決して不幸な死に方はしないだろう。」
「なんスかその呪いの予言。」
「祝福してるんだぞ。よかったな。」
「五百四人も部下がいるのに、よく一人一人の細かい癖まで把握してますね。頭おかしいんじゃないですか。」
「世の中おかしい奴ばっかしだぜ。」
「指先にちっちゃい怪我するくらいの癖なんか放っとけばいいんじゃないんですか。なにも家族が心配するようなことまで心配してやらなくたっていいじゃないですか。」
「家族から引き離して兵役についてもらってるんだから、税金で食ってる奴らが兵隊さんに対して家族なら当然するであろう気遣いをするのは当然の責任なんじゃねえのかい。俺あ現役時代、その点を心得違いしてやがる税金泥棒を何人となくぶちのめしてきたけどよ。」
「ああ、なるほど。だから隊長は一兵卒の身分から部曲督に引き上げられたんですね。兵隊として使っているとうるさいことを言ってきてやっかいだから、文句があるならてめえでやってみやがれ、ってにしき戦袍せんぽうを押し着せられたんでしょう。」
「おおそうか、なるほど。そういうわけだったんだ。ギャハハハハ。」
「柄にもない重責を担わされてひいひい言うはめにおちいったのは身から出たさび。」
「お前、ほんと弁が立つなあ。説客ぜいきゃくとして魏に遊説ゆうぜいに行けば? 充分通用しそうだぜ。」
「そんなはずないでしょう。」
「魏の文化は爛熟してちょいとイッちゃってるからよ。季寧がいつもの調子で思うがままにガンガンしゃべってるだけで、狂士きょうしとして有名になってお偉い方々がこぞって接待してくれるかもしんねえぜ。」
「五経とかなんにも知らないのに通用するわけないじゃないですか。」
「学の多寡なんて関係ないよ。人として当たり前のことを堂々と言う奴は往々にして狂士と呼ばれるものだ。殊に魏の士大夫のように複雑怪奇な世界で生きてる人らにとっては清新に感じられるだろうぜ。」



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