三十六、譫言(うわごと)(1)

 今日も朝からジリジリと暑い。これから一日汗ビッショリで過ごすのかと思うと今から憂鬱だ。精兵に似合わぬノロノロとした足取りで隊長室に向かう。と、隊長はあろうことか、部屋の中で火を焚いて何やらグツグツと煮立てていた。頭おかしいんじゃねえか。俺はおはようございますの挨拶も忘れてボソリとつぶやいた。
「このクソ暑っちい時分にわざわざ熱いお茶を飲むなんて気違い沙汰だ。」
隊長は鍋から顔を上げ、ニコッと笑って
「おはようございます。」
と言った。クソ暑っちいのに爽やかな顔しやがって。ぜったい生身じゃねえだろ。
「あ、失礼しました。おはようございます。」
「こんど王什長をとっちめてやろうかな。てめえの部下は部隊長殿を見かけても自分から挨拶もしやがらねえってよ。こんなたるんだ兵隊は俺あ生まれてこのかた見たことはねえ。」
「おめでとうございます。やったじゃないですか。誰も成し遂げたことのない偉業を達成しましたね。部下がこんなにたるんでいるのは全て隊長の人徳のなせるわざです。」
「おれ飲み物は一年中熱いのが好きだぞ。暑い時にあえて熱いもん飲んでスカッと汗かくと気持ちいいじゃん。」
こう言いながら煮えたぎった液体を湯呑に注ぎ、咳き込みながら飲み始めた。
「……あ、それ、まさかお茶じゃなくて喘息の薬なんですか?」
「そ。」
「エエ~……。」
なんだよ、もう。昨日みんなにいじめられて無理やり川を渡らされたからって、また喘息かよ。もう。弱すぎだよ。隊長はへらへらと笑っている。俺は落胆を隠しきれずにぼやいた。
「隊長、弱すぎ。」
「そうかな。」
「なんか年々弱っちくなってません?」
「年々って、知り合ってから二年も経ってねえじゃん。」
「最初の頃こんなんじゃなかったですよね。」
「みんなが弱いうちは『俺は強いよ、みんなついて来い』みたいな態度で臨んで、みんなが強くなったら『俺は弱いけどみんなが頑張ってくれたら俺もがんばってついて行くよ』みたいな態度で臨む。」
「どう振る舞えばみんなが力を出すか常に計算しながら自ら演出して動いてんですか?」
「なにそいつ。気持ち悪い野郎だな。」
「隊長のこと言ってんですよ。襄陽じょうようの人間に気持ちの良い奴はいない、って言ってる人がいましたけど、それけっこう当たってるのかもしれませんね。」
「どの土地の人間でも中身はたいして変わらないだろ。表現方法が違うだけだ。」
「表現は大事ですよ。表に現れてる部分しか判断材料ないんだから。いくら心の中身が美しかったって、誰にも理解されなかったら意味がない。」
「じゃ心の中身が最悪でも表面的にいい人っぽかったらそれでいいのかな。」
「実害がなければいいんじゃないんですか。」
「ふうん。」



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