三十五、渡河(7)

「あのお、みなさんもしかして暑さのせいでイライラしてるんじゃないですかね。せっかく川に来たので、スカッと水浴びでもしませんか。」
「そうだ、ちょっと休憩しよう。水に入りたい方はご自由にどうぞ。」
「ワ~イ、やった~!」
張屯長と俺は無邪気に衣類をポイポイ脱ぎ捨てて犬コロのようにバシャバシャと遊び始める。黄屯長は物言いたげにしばらくたたずんでいたと思うと、隊長に向かっていぶかしげに
「本当に渡河訓練に参加しないんですか?」
と訊ねた。
「ギク。……あああ~、どうしよう! 超怖いんだけど! 武装したまま水に入るなんて怖すぎる! 俺もし実戦で対岸に敵が待ち構えててビシバシ矢を放ってきてもよろい脱いで渡る! 矢に当たってもそうそう死なねえけどよろい着たまま溺れたら死ぬもん!」
「なに言ってるんですか? よく見て下さいよ。この場所はいちばん深いところでもここまでです。どう考えたって溺れるほうが難しい場所ですよ。ここで思い切って渡河をしてみて恐怖心を克服したらいいじゃありませんか。」
「恐怖心を克服なんて言っていっつも無茶ばっかりやらせやがって! この人でなし!」
「私がいつ隊長に無茶をやらせたんですか。」
「恐怖心を克服なんていう言葉を簡単に使う野郎はぜったい無茶な野郎に決まってるよ! もう絶対にその手には乗らないからな!」
「落ち着いて下さい。」
隊長、動揺しすぎだろう。見苦しい。張屯長が川からジャブジャブと上がって行き、黄屯長の背後から忍び寄って膝カックンをくらわせ、カクッとなったところを腰をとらえて一気に川まで引きずり込んだ。黄屯長はそのまま服も脱がずにガキのように張屯長と水をバシャバシャかけ合って遊び始めた。俺達はみんな着替えを持って来ているから、服が濡れても安心だ。

 隊長は憂わしげな表情で水面を眺めながらウロウロと上流へ向かったり下流に行ったりと歩き回っている。この暑いのに水を浴びたいとか思わねえのかな。なんてかたくなな野郎だ。かつてどんな恐怖体験をしたのか知らないが、こんなに水が苦手では、水辺では全く使い物にならない男じゃないか。面倒くせえから放っとこうっと。
 泳いだり潜ったりしながら自由気ままに遊ぶ。張屯長がふざけて俺を水に引きずり込むから鼻に水が入ってしまった。返礼として黄屯長と二人がかりで張屯長の足を持ち上げて頭から水に突っ込む。張屯長はまったくめげることなく水底の石を拾ってドボンドボンと投げつけてくる。こんな激しい水遊びをしているのを隊長はどんな面持おももちで眺めているのかな、とチラリと岸をうかがうと、隊長が地べたに倒れているからびっくりして
「あっ!」
と声を上げた。と、隊長はおもむろに一つの石を拾い上げしげしげと観察しはじめた。なあんだ。倒れてたんじゃなくて、はいつくばって石の観察かよ。奇石収集家か。それとも、石にくっついて暮らしている小さな虫でも見てんのかな。面倒くせえから放っとこうっと。



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