三十五、渡河(16)

「弱腰だなあ。」
「ふうん。季寧は俺が激怒してエイヤっと部下をぶった斬って綱紀を正すような指揮官であるほうが嬉しいわけ?」
「だってうちの部隊緩すぎ。和気藹々とやってるお友達集団じゃないんですから。軍隊ですよ?」
「じゃみんなが見てる前で俺様のことをガミガミ叱らないで下さい。威厳が損なわれるから。」
「威厳なんかはなからないじゃありませんか。」
隊長とのこの会話は傍で聞いている連中にとってちょっと可笑しいものであったようだが、黄屯長がしゅんとしているので、みんな笑っていいものかどうか微妙な表情で黙っている。黄屯長が沈黙を破って
「どうか首を斬って下さい。」
と言った。
「嫌だよ。俺がそこにいる優秀な勤務兵に何か悪趣味な手品をしたかのごとく疑われながら一人でネクラにチマチマと溺水者救助の手配をしてまで守ろうとしたものをむざむざと損なってたまるか。俺が水にビビり過ぎて説得力のある話し方できなかったのもまずかったんだ。だからって黄さんが俺の人格攻撃に終始して発言内容の妥当性について客観的に評価してくれなかったのも困りものだったな。だから今回のことは二人とも悪かった。それでいいじゃねえか。お互いにこういう欠点があるんだってことを理解して、うまくやってくように努力しようぜ。」
隊長がニコッと笑って
「いい訓練だった。」
と話を終わらせようとしたら、馬鹿の仲純が
「あれっ、隊長まだ渡ってませんよね?」
と口を挟んだ。あっけらかんとした顔していやがって、マジ馬鹿。さっき隊長が自分で水にビビってたって言ってたじゃん。このまましれっと終わらせてやれよ。大多数の隊員は隊長の水嫌いの程度の深刻さに気付いていないらしく、そうだそうだとザワザワと仲純の説に賛同する。隊長があけすけに
「え~、俺ヤダよお。だって水怖えんだもん。」
と言ったら、みんな囂々ごうごう
「なんだそれ。俺らに入らせといて。」
「高みの見物かよ。」
と騒ぎたてる。隊長はへらへらと笑った。
「じゃあよお、みんながもっかい渡ってくれたら、俺も一緒んなって渡るよ。」
「馬に乗って渡ったらいいんじゃないですか?」
張屯長が言うと、みんな
「却下! 徒歩!」
「下馬!」
と無慈悲なことを言う。隊長はへらへらと笑った。
「じゃあお馬ちゃんにしがみついて半泣きになりながらずぶ濡れになって渡ったら満足?」
「ずぶ濡れになるような川じゃないじゃないすか。」
「溺れた奴もいるけどな。じゃ柳元村りゅうげんそんの人にもっかいお願いしに行こっと。」
楽しげに馬に跨り走っていく。ヤケクソなんじゃねえか?



《広告》

ページ公開日: 最終更新日: