三十五、渡河(10)

「丞相は細心な人だ。大事な仕事を任せる時は、絶対に失敗しないようにあれこれ下準備をして、ただ言われた通りにやればいいだけっていうふうにして手渡してくれるだろ。でもそんなの、任される方は面白くねえんだよ。大まかな方針だけ言ってもらって、この難題を上手く仕遂げるかどうかはあなたの腕次第、みたいな感じで渡してもらったほうが燃えるよな。事の成否を自分の課題としてとらえて成功のために最善を尽くすわけ。丞相がなんでもかんでもお膳立てしてくれちゃったらさ、俺あガキの使いかよって怒っちまってなんとか何か違うことやってやろうって考えるのは人情じゃねえ? そんな心理が働いちゃったら課題達成への道筋も曇って見えるよ。自分で凡庸だって思ってる奴には手とり足とり筋道つけてやるのもいいけどよ、才気さいき煥発かんぱつな人にそういう方法を用いるのは間違いだ。」
「じゃああれは丞相が悪かったんですか?」
「さあね。参軍も、俺が俺がっていうんじゃなくて、全体の目標を理解してちょいと我慢してその場で果たすべき役割に甘んじてくれたらよかったんじゃねえの。」
「じゃあやっぱりあれは馬参軍が悪かったんですか?」
「どいつもこいつも大したことねえんだよ。世の中、欠陥品の寄り集まりでできてるんだ。自分らがいかにポンコツであるかをよく理解して、互いに補いあって物事を良い方に運んで行くように努力しようぜ。」
黄屯長が聞き捨てならぬとばかりに発言をした。
「いま我々のことをポンコツって言ったんですか?」
隊長は答えずニコッと笑った。
「丞相のことを神の如く思ってる奴いるけどよ、そうじゃねえんだよ。あんな野郎はただの気の小せえ変人のオッサンだ。」
「今ご自分のことをおっしゃったんですか?」
「なに言ってんの? 俺がただの気の小せえ変人のオッサンなわけあるかよ。気が小さくて変人のうえに馬鹿で凶暴でせっかちで食いしん坊だろ。あんな青瓢箪あおびょうたんと一緒にすんな。」
胡瓜きゅうりもう無いんですか?」
唐突に張屯長が発言した。
「ないよ。喉乾いてる?」
「腹が減りましたよ。」
「同感! 胡瓜じゃ腹の足しになんないす。」
「じゃ、なんかおやつ食って帰ろっか。途中で南鄭なんていに寄り道してさ。おいしいちまきの店があるから。」
「ワ~イ、やった~! おやつ~!」
小躍りして喜ぶ張屯長と俺。馬鹿すぎる。



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