三十三、密命(2)

 隊長は笑いながら張屯長を小突くと、くるりと向きを変えて草の生えているほうへ馬を引いて行き、張屯長はニヤニヤしながら俺のいる方に向かって歩いてきた。声をかけられたら面倒くせえからそーっと回れ右をして見なかったふりして行っちまおうと思っていたら、近付いてきた張屯長に
「おう、勤務兵殿。」
と声をかけられた。こっちのほうに歩いてきたのはたまたまじゃなかったのかよ。俺をめがけて歩いてきてたんすか。で、何の用?
「はい。」
「季寧はどっち? 豆乳甘い派? 甘くない派?」
「甘くない方に決まってるじゃないですか。あんなこってりしたもんに蜜まで入れたら口が甘ったるくなっちゃうし腹が張っちゃいますよ。」
「やっぱそうだよなあ。」
満足げに頷く。
「ご用は以上でしょうか。」
「いやいやいや。」
わっ、腕つかまれた。キモっ!
「季寧は知ってんの? 隊長が夜明け前からコソコソ兵営を脱け出していつも何やってるか。」
「いえ。」
「興味ないのか。」
「ないです。」
「…………。」
「ご用は以上でしょうか。」
「俺は興味あるんだよなあ。」
「へえ。」
「あっ、もしかして口止めされてる?」
「いえ。」
「じゃ調べて来いよお、隊長がいっつも外で何やってるかさあ。」
「それ命令ですか? でしたら陳屯長を通して頂かないと。」
「つれないなあ。いいよーだ。じゃ陳さんに話しに行って来よっと。」
飛び跳ねながら陳屯長を探しに去って行く。変な人だ。

 陳屯長を通してくれって言っとけば安心だ。陳屯長は常識的な人だ。馬鹿げたことはしない。お得意の渋面をつくって張屯長の申し出を退けてくれるだろう。
 夕方のこの一幕のことなんかすっかり忘れ果て、日夕点呼にっせきてんこを終えて寝具を広げごろごろと寝転がりながら李叔遜とくっちゃべっていると、陳屯長がぶらりとやって来て
「季寧、ちょっと。」
と手招きをされた。なんスか。怖えな。及び腰で陳屯長について行く。屯長の部屋に入ると、胡桃くるみに飴をからめたようなコリコリしてそうなお菓子を差し出しながら
「食べるか?」
と言われた。う~ん、これはまずい。いや、そのお菓子がまずそうだというわけではなく、そんな高級そうなものを食わされるということは、何かよほどやっかいな話を持ち出される前兆に違いない。



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