三十三、密命(15)

「怖くなるのはここからだ。その梁父吟りょうほぎんを、劉皇叔りゅうこうしゅくに天下三分の計を吹き込んだ諸葛孔明が愛唱してたってのはどういうことだと思う?」
「晏子みたいな偉い宰相になるよっていう決意なんじゃないんですか?」
「天下をヤクザと酷吏と成金なりきんに分けあわせといて、しまいには三者とも消して天下泰平って筋書きなんじゃねえの。」
「誰ですか、そのヤクザと酷吏と成金なりきんって。」
「我らが偉大なる昭烈しょうれつ皇帝陛下は酷吏でもなければ成金なりきんでもねえぜ。」
「ふうん。……。」
朝靄の底の一本道は茫々ぼうぼうとしてどこへ繋がっているとも見えない。
「怖い話というよりは、不愉快な話ですよ。」
「なるほど。確かにな。」
「どうしてこのあいだから急にいろいろと妙な話を聞かせてくれるようになったんですか?」
「それは季寧が深夜とか早朝とかの非常識な時間帯にあれこれつっかかってくるからだよ。お日様の照ってる時間帯に寝言は言わねえ。」
「ふうん。」
「それと、」
隊長は口元を押さえてニヤニヤっと笑った。
「なんか、ハマった。季寧おもしれえんだもん。」
「はあ? どこが?」
「あれこれ根掘り葉掘り質問攻めにしてくるくせしてよ、こっちが真面目に答えてやると二言目には『ふうん』とか『馬鹿じゃないですか』とかしらけた反応しやがんのな。こっちは口を開くたびにどんな冷たい反応が返ってくんのかとドキドキしちまうよ。そのドキドキ感にハマった。」
「まさか恋?」
「違います。」
変な質問をしてしまった。こっちのほうがドキドキしちまうよ。
「まったく、大した野郎だよ。どんなに熱意を持って話しかけても決して揺らがない。まさに鉄石の心を持つ者だな。」
「木石なんじゃないんですか。」
「木石じゃないよ。鉄石。」
木石というのは人情の通わない無感動な奴という意味だ。鉄石は意志がかたいという意味だ。
「何かよっぽど大事なものがあるんだろうな。守る物のある奴は強えよ。」
「無気力無感動無関心なだけじゃないですか。」
「しれっとした態度をとりたがるだけで、中身は好奇心旺盛な熱血漢だろ。」



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