三十二、跋渉(ばっしょう)(5)

 民間人の作る料理の味は軍隊のとは違う。どちらも旨いが、とにかく違うんだ。お袋の味というよりは、おばあちゃんの味って感じだな。ほっとする。まだ午前中だというのに酒まで出て来る。やっぱ絶対なんか金でも渡してるだろう。
 隊長は美味しくご馳走を味わいつつ、村のお年寄りと歓談しながらガキンチョとわあきゃあいって遊んでいる。よくもまあ三つのことを同時にこなせるものだな。えんたけなわという頃、十代半ばとおぼしき女の子の四人組がなにやらクスクスと笑いながら忍び寄って来たと思うと、それぞれ手に持っていた蜜柑みかんを隊長に向かって投げてきた。隊長は見向きもせずにまるで流れ矢でも避けるかのような動作でひょいっと蜜柑をけてしまったので、俺は思わず
「あっ!」
と声を上げた。女の子たちは不興げに
「エエ~!」
と怒りの声をあげ、部隊の連中も
「あ~あ!」
と非難する。気になる異性に果物を投げるというのは市井しせいにおいては一般的なざっくばらんな愛情表現の方式だ。
「ダメだよお、けちゃ~。」
「ああいうものはにっこり笑って黙ってうけとっときゃあいいんですよ!」
囂囂ごうごうたる非難の声を(はね返すように、隊長はギャハハハと下卑げびた笑い声をたてた。
「にっこり笑って黙ってうけとった拍子にうっかりケツんで女の子が泣いちまったら、お家の人がカンカンになってギャンギャン言って来て慰謝料積んで平謝りっていう美談ができあがるわけだ。ギャハハハハ。」
女の子たちは口々に
「最悪~。」
「サイアク~。」
と幻滅する。村の住民たちは苦笑いをし、俺達は女の子たちに同調するように
「最悪だ!」
「最低だ!」
と騒ぎたてた。
「おれ飛んで来たものはけちゃうんだよ。ごめんなさい。」
こう言い残してガキどもの群れの中に逃げて行く隊長。見た目の風采はまずまずだが中身は全く箸にも棒にもかからない。女の子たちはその場を立ち去るでもなく隊長を指さしてぺちゃくちゃしゃべりながらケラケラと笑っているから、さほど気分を害したわけでもないんだろう。年俸六百石の玉の輿を狙ったひやかし半分の的当てごっこだ。六百石なんて、住居を構えて所帯を持って品位にふさわしい小道具を整えようと思ったら玉の輿どころか火の車だろうけど。

 チビっ子どもと遊んでいる隊長は実にのびのびとして楽しげだ。隊長は無茶な野郎だから、ガキといえども女子は寄り付かず、男子ばかりに囲まれている。うるさいガキンチョの相手なんぞをよくも面倒がらずにできるものだ。自分がガキだから、ちょうどいい遊び相手なのだろう。
 この村の男子の中で、身長の高くない者はいずれ隊長の部下になる日が来ることだろう。よくもまあ、無邪気に遊んでいるものだ。



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