三十二、跋渉(ばっしょう)(2)

「ウツなんですよ。季節性のウツ。花の咲く頃に十日間ぐらいぼーっとしちゃうみたいですよ。」
「こんな美しい楽しい季節になあ。本当に変人だな。」
折り返して戻って来る隊長の顔を眺めながら、黄屯長は眉をひそめた。
「顔がおかしいよ。こりゃマズいぜ。」
「なんか、急に忙しくなるとかなんかそういう刺激があると治るらしいですけど。去年はちょうどこの時期に張屯長がお花見に行きましょうって誘って、その準備のために隊長が一日で百八十里も馬で走ったらスカッとした顔して帰って来たんですよ。」
「花見か。」
仲純と隊長が戻って来た。黄屯長が
「仲純、もう下りろ。」
と促すと、隊長は虚ろな表情のまま
「黄さんも乗る?」
と訊ねた。
「遠慮しておきます。それより花見に連れて行って下さいよ。」
「花見かあ。」
そのくらいのことはしてやらないとな、と思いつつ考えがまとまらない様子だ。
「去年は張屯長の先導で山道を遭難しながら桃園村に向かいましたがね、今年は隊長が連れて行って下さい。同じ山道を。先頭で。」
「ふうん。迷子にさせて俺様を小馬鹿にしてやろうって魂胆かな?」
「いえ、違います。隊長が迷子になるわけないじゃありませんか。桃園村までの所要時間の最短記録を作りましょう。」
「最短記録?」
「駆けっこで。」
「駆けっこ?」
「隊長が思う存分ルンルン走って下されば、我々ついて行きますから。私が最後尾について落伍した者の面倒を見ますんで。」
「ふうん。思う存分。」
「はい。みんなが死に物狂いでついていくという絵です。」
「へえ。……ギャハハハハ。」
おや、楽しそうだ。
「分かった。面白そうだ。それやろう。ぜひやろう。じゃ俺、将軍に許可もらいに行って来よっと。季寧、馬を戻しといてくれる?」
手綱を俺に手渡してウキウキと歩いて行く。う~ん、ご機嫌が直ったのはいいが、駆けっこって……。崖に足をすべらせて事故死しそうで怖え。



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