三十二、跋渉(ばっしょう)(1)

 長安を攻略して春雨を食ってから五日経った。隊長がぼんやりと馬を撫で撫でしているところに王仲純がからんでいる。
「最近ちっとも一緒に歩いてくれないじゃないですかあ。」
「そうだっけ。」
「つまんないっすよ。」
「ふうん。」
「そんなに馬が好きなんですかあ?」
「好きだよ、馬。」
再びぼんやりと馬を撫で続ける。どうやらウツの季節がやってきたらしい。所在無げにたたずむ仲純に目をやり、シカトするのも気の毒だと思ったらしく、億劫おっくうそうに
「ちょっと乗ってみる?」
と訊ねた。
「うわ、いいんですかあ? やったあ! ぜひ!」
「よしよし。じゃちょっと待ってな。」
ジジイのような動作で物憂げに鞍を置き、馬を厩舎きゅうしゃから出す。
「自分で馬の上に登れる?」
「初めてです。どうやるんですか?」
「じゃ左手ここ持って。右手ここ。決して離すなよ。じゃここ踏んじゃっていいから、足かけろ。はい乗って。それ。」
手とり足とりしながら馬上に押し上げてやる。いいなあ。羨ましいぜ。やっぱ積極的な奴はそれなりに可愛がられるってことだよなあ。可愛がられるのもウゼえけど。
手綱たづなさえ放さなければ頭から落ちることはないから、そこだけ気を付けて楽に乗ってりゃいいよ。馬が賢いからな。そんな前傾しなくていいぞ。手綱も引っ張んないで、ここらへん。えっとね、いま仲純こんな格好になってるから、そうじゃなくて、こう。そうそう、上手です。」
通りすがりの黄屯長が立ち止まり、奇異な眼差しでこっちを見る。そして大声で仲純に言った。
「仲純、お前なんで隊長に馬を引かせてるんだ?」
「乗せて下さるって言うんでー。」
ピカピカの笑顔で答える仲純。首を傾げながら近付いて来る黄屯長。億劫そうにくつわを執って歩く隊長。変な絵面だ。
 カポカポと二十歩ほど離れたところまで馬を進めている二人を眺めていると、黄屯長が俺のそばまで寄って来た。
「隊長のあれは、なんかの罰でやらされてるのか?」
「いえ。仲純が退屈そうな顔をしてたら、ちょっと乗ってみる? って言って乗せてやってました。」
「そのわりには隊長、なんだか面白くなさそうな顔をしてるじゃないか。」



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