三十一、寝言(3)

「塩田も鉄鉱山もあるだろ。馬も南中なんちゅうから手に入る。総兵力で劣るといっても、魏は前線が長いからな。だだっ広い平原をお馬に乗った異民族がちょくちょく侵入してくるし、呉に対する警戒も怠れないしね。こっち方面に割ける兵力からすれば奴らのほうが劣勢だ。俺らが遠征して行くたびに、奴らが慌てて援軍をかき集めてる姿を見るだろ。そのうえ奴らは一枚岩じゃねえ。 涼州りょうしゅう軍は半ば異民族だ。こっちが亡き錦馬超きんばちょうのつてでもたどって羌族きょうぞくを掌握しちまえば、隴関ろうかん以西における魏の防衛体制は瓦解がかいするだろう。」
「瓦解するだろう、ってずいぶん楽観的な読みをしてますけど、そもそも我々が遠征で勝つなんてことがありうるんですか? 毎回出兵する度に、すぐに兵糧切れで引き返してるじゃないですか。」
秦嶺しんれいを越えて兵糧を運んでるからね。そんなことじゃあ続くわけがねえ。だから丞相は毎回祁山きざんに出てるんだよ。まず西を押さえてそっから補給できる体制を整えてからおもむろに関中を攻める気だな。ズバっと長安を攻めねえでどうして毎度モタクタ祁山から攻めては撤退してるんでい、っつって馬鹿にしてる人がけっこう多いがよ、西から行かなきゃ長安確保は覚束おぼつかねえと思うぜ。」
「西を押さえるなんてことがそもそも成功しないじゃないですか。」
「このあいだの遠征では武都ぶと陰平いんぺいを確保した。一歩前進ってわけ。」
「そんな調子で一体何年かかるんですか? もたもたやってるとますます国力の差が大きくなりますよ。今みたいな国民皆兵みたいな状況じゃあ人口が増えるわけないし。」
「五年以内に北部戦線にメドをつけなきゃだめだな。準備期間中はモタクタやってるように見えても、勝負がつく時は案外一瞬で決まるもんだぜ。例えば、たった半日ばかりの交戦で天下が決まっちゃうような歴史的合戦ってあんじゃん? そういうのは、その半日にたまたま運がよかった側が勝つっていうわけじゃない。そこに至るまでに十年も二十年も準備があるものだ。事態はみんなの知らねえとこで着々と進んでんじゃねえ? 今回のお泊り遠足の準備に一カ月もかけてたのをみんなが知らなかったみてえにな。ある日突然、偶然みたいな顔をしてポロっと勝利が転がり込んでくるだろうぜ。」
「楽観的すぎますよ。」
「楽観してないよ。我々の仕事は目的地に近付くように一つ一つ有効な手を打っていくことです。」
「そんなこと考えながらお泊り遠足したんですか?」
「そうだよ。長安急襲なんて現実的じゃねえって丞相はおっしゃってたけどよ、それは舞台も役者も揃ってなかったからに過ぎない。子午道しごどうを通って長安に行くってのはありえねえ話じゃねえぜ。今回みんな曲がりなりにも五日で七百五十里を歩ききったからよ。ここで自信をつけとけば、それがまた次の計画に繋がってくわけ。全部つながってるんだよ。日々の積み重ねが、ある日、偶然みたいにしてポロッと転がり込んでくる成功に繋がるわけ。」
「曲がりなりにもですか? 軽々歩ききったじゃないですか。」
「ふざけんな。みんなヘロヘロだったじゃねえか。このあと城攻めなんつったら全滅だぜ。今回のめあては、長安までは五日で行けるってことをみんなに知っといてもらうことだけだから、ま、目標達成だ。満足してるぜ。」
「着くだけ着いて攻略できなかったら意味ないじゃないですか。」
「状況次第では出現するだけで有効になるんだ。」
「意味分かんない。」
「そういうもんだよ。」



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