三十一、寝言(2)

「見通してはいないけどな。愚公ぐこう山を移す、っていうことわざがあるじゃん? まず理想の未来を思い描いてから、そこへ行くために毎日小さい一歩をコツコツ刻んで行くわけ。」
「え~、なんすかそれ。例えばどんな未来を思い描いて、それで今日はどんな一歩を刻んだっていうんですか?」
「ガキが想像するような当たり前のことしか考えてないぜ。飼ってる鶏や犬が鳴いたって隣の村には聞こえねえっていうようなポツンとした暮らしじゃなくて、万里に家が立ち並び村落を分かつ柵もなく、めしを炊く煙がどこまでも続いてる。手入れの行き届いた田畑の中で働く住民たちはのんびりとして楽しげである。ってな。よく聞くような絵面えづらだよ。で、今日刻んだ一歩っていうのは、長安まではたった五日で行けるってことをみんなに知っといてもらうことだ。」
「だいぶ飛躍がありますよ。長安攻略がどう未来に繋がってくんですか?」
関中かんちゅうに足がかりができれば天下統一も見えて来るじゃん? 三足さんそく鼎立ていりつなんつってちょくちょく小競り合いをしてるようだと鶏犬けいけん相聞そうもんなんて世の中にはならねえからさ、やっぱ天下統一しなきゃだめじゃねえ?」
「じゃあやってること逆じゃないですか。天下を統一するのは魏ですよ。」
おっと、非常にマズいことを言ってしまった。この発言は下手すりゃ死刑だ。
「そうかな。魏から天下を統一できるかねえ。あっちから秦嶺しんれいを越えて漢中かんちゅうを確保するなんてことは、曹操でもできなかったことじゃん。一方、漢中から秦嶺を越えて天下を統一ってのは高祖こうその前例がある。ま、前例がないからできねえとは言わねえがよ。あっちから仕掛けて来るのはこっちから行く以上に厳しいんじゃねえかな。」
「我々が魏に勝てるなんて本気で思ってるんですか? あっちは地大ちだい物博ぶっぱくの強国、こっちは資源も乏しく人口も少ないちっぽけな国じゃないですか。」
「俺らはよお、ぼんやりしてるとそこらじゅうに雑草が生い茂っちまうからよ、ちょくちょく草むしりをしないといけねえのは面倒くせえなと思いながら暮らしてるだろ?」
「はあ。そうですね。」
「これがどれだけ恵まれていることか、漢中育ちのみんなには分からないかもしんねえな。」
「面倒くせえだけじゃないすか。」
「放っとけばどんどん草が生い茂って行くような土地は、豊かなんだ。かぶでも豆でも、植えればすくすく育つだろ。北方の人らは、それはそれは苦労しながら暮らしているんだぜ。雨が降らないからな。半ば砂漠のような土地に河の水を引きながらかろうじて生きてるんだ。季寧は遠征で北方の乾いた大地を見てびっくりしなかったかよ。魏のことを資源の豊富な強国だと思ってる人が多いだろうけど、そうじゃないよ。貧しい国だ。自分達の利点を理解せずして、いたずらに敵の強大であることを恐れるのは間違いだ。」
「そりゃ西川せいせんは農業にはいいでしょうけど、資源っていったら他にもいろいろあるじゃないですか。塩とか鉄とか馬とか。総兵力だって魏より圧倒的に少ないですよね。」



※ 本文中で魏のことを地大物博の強国と表現しましたが、いかなる比喩的意図もありません。純粋に三国時代の情勢について書いたものです。

《広告》
ページ公開日: 最終更新日: