三、おもてなし(8)

話に気を取られながら何気なく冷菜を口に入れる。と、雷鳴がとどろいたわけでもないのに梅を煮て英雄を談じる先帝さながらに箸を取り落としそうになる。なんだこれは。ただの大根だろう? これも妖術の力だろうか。隊長の料理をナメてかかってはいけない。俺がわなわなと震えている傍らで一杯機嫌の仲毅が質問をする。
「どうして燕料理を作れるんですか?」
「俺が料理を教わった人が燕の出身だったからな。」
「それってもしかして張車騎ちょうしゃきですか?」
「そ。教わったっつうか俺が勝手に付きまとって勝手に手出ししてたんだけど。」
「それ怒られないんですか?」
「怒らないよ。迷惑そうにはしてたけどな。」
言いながら流れるような動作で酌をする。
「張車騎をしのんで乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯! ――。」
おすすめだという紅焼泥鰍ホンシャオニイチウを食べてみる。何気ない醤油色の泥鰍どじょうだが――口に入れるとつるりとしなやかでふっくらと、とても泥にまみれた田舎の庶民ではない。やさしく噛めばふんわり甘く、そっとかんばせの泥を拭えば、そこにいたのはあの白馬の貴公子がさらっていった甄氏しんしじゃないか……。
「えらいおっかない人だったって話を聞きますけど。」
「軍事に関して半端なことやってると半殺しにされるけど、やることキッチリやってれば優しいばっかの人だったぜ。軍事以外では大きい声で叱られたことすらないし。張車騎の豆鼓トウチを勝手に使ってカラにしちまったまま黙って放っといてもちょっと文句言われただけだもん。」
「え、それ人としてだめでしょう。」
「そうそう、まさにそう言われたな。張車騎がご機嫌で料理をしながら豆鼓を使おうとしたらよ、容れ物の中身がカラでやんの。それを見て悲しそうに『おい、誰だ? 老張おれっちの豆鼓を勝手に使ってカラにしたまんま放っとく非常識な奴あよ』って言うんだよ。」
言いながら杯を満たす。
「はい乾杯!」
「乾杯!」
「乾! ――。」
「で、俺が『はい俺です』って答えたら、『お前さあ、ダメだよ。勝手にカラになってたら老張おれっち使いたい時に困っちゃうじゃん? 何か使い切ったと思ったら、ちゃんと次の人のために、使い切りましたって一言連絡しとくとか、補充しとくとかしないとだめなんだぜ。そんなテメエだけよけりゃあそれでいいってな態度は、人としてだめだよ。気をつけな。』って言うんだよ。いいおじさんだと思わねえ?」
「へええ~、隊長ってそうやって育ったんですね。」
「育ってねえよ。俺精神年齢五歳だ。あと二十年くらいは面倒みて欲しかったなあ。」
「今から二十年も経ったら、隊長ほぼ定年じゃないですか。」
「ついでに老後の面倒まで見てもらいてえ。」
「張車騎って隊長よりかなり年上ですよね。」
「それにもう亡くなってるしな。かわりに君らが俺の面倒を見るんだぜ。よろしくな。はい乾杯!」
「乾杯!」
「乾杯! ――。」
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ごちそうをしてもらうのは嬉しかったが、大変な役割を押しつけられてしまった。精神年齢五歳の隊長の面倒を精神年齢十歳の俺がみるのは荷が重すぎる。しかたない。魏鎮北ぎちんほくにガツンと押さえてもらうことを願う。



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