三、おもてなし(1)

 俺達が呑気のんき凱歌がいかを歌いながら兵営に戻ったのは、の刻も半ばを過ぎた頃だった。柔らかな日差しと満腹感が疲れた身体に心地よい眠気を運んでくる。今日は午後は休みだという。心ゆくまで昼寝を楽しもう。想像しただけで気持ちよさそうだ。
 隊長の部屋に入ると、几案つくえの上に行儀よく巻かれた文書が八本載っていた。
「おっ、来やがったな。黙って置いてきやがって無礼者。」
まさかと思う間もなく隊長はさっそく一巻を手に取り開く。ウソでしょう。とりあえず寝ましょうよ。と、思う間に素早く墨を磨り大きな布に何か一文字大書して、楽しげに言った。
「これは焚書坑儒ふんしょこうじゅの焚の字だ。」
言うなり残りの七巻を矢継ぎ早に開き、たちまち六巻を「焚」の布の上に置く。一巻を几上きじょうに残し、一巻だけを手に持ち部屋を出て行きながら俺に指示を出す。
「お疲れのところだけどそこの書類を巻いといてくれ。終わったら晩飯まで休憩だ。おねんねしとけよ。」
「どちらにいらっしゃるんですか?」
「これを置いてった奴をとっちめに行ってくる。こんな大事なもんしれっと置いてきやがって何だと思ってやがるんだ。性根しょうねを叩き直してくれる。」
こう言うとウキウキとした足取りで部屋を出て行った。何が楽しいんだか。

 そこの書類を巻いておけ、という指示がイマイチ不明確だったが、たぶん几案 つくえの上の一巻だけじゃなく、焼却の方の六巻もだろう。書類を巻きながら、ふと、ある疑念が起こった。
 隊長は「おねんねしとけよ」と言った。わざわざ寝ておけと指示するとはどういうことだろうか。まさか今夜みんなが寝静まった頃に非常呼集をかけて夜間演習でもやらかす気だろうか。あいつならやりかねない。自分で「俺いじわるなんだ」と言っていた。二晩連続で……いや、待て。やっぱり今晩はない。一昼夜不眠不休で、これから昼寝をして、ほどよく昼夜逆転したところで夜間演習をやるわけはない。ヤツの意地悪さ加減からすれば、ガッツリ昼活動、夜睡眠の生活に慣れている時を見計らって叩き起こすに違いない。孫子そんしいわく、彼を知りおのれを知れば百戦あやう からず。今日は安心していていい。昼寝して、起きて、晩飯食って、また寝よう。なんと愉快な一日だろう。
 明るい時間に思う存分眠るのは気持ちがよかった。夕焼けの頃、カラスの鳴き声を聞きながら、おもむろに伸びをする。まだ寝足りないが、晩飯食ったらまた寝れる。朝はギリギリまで寝ている俺だが、お昼寝は別だ。今日のご飯はなんだろな~と鼻歌まじりに機嫌よく起き上がる。ションベン行って晩飯の準備運動がてらのんびり散歩でもしよう。……
 まさかとは思うが……怖いもの見たさに、隊長室の様子を探りに行く。と案の定! ヤツは起きていた。まったく、なんなんだろう。実に異常な人物だ。昼寝して起きたのか、ぶっ通しで起きていたのか知らないが、もしぶっ通しで起きていたとしたら、ヤツは紛れもなく生身の人間ではないに違いない。



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