二十九、弱卒(5)

 翌日、張屯長が大声大会の司会進行をつとめている。隊長は不機嫌そうな顔で黙りこくっている。隊長は予選免除で、決勝のトリで叫ばされるらしい。お気の毒。俺は午前の部でめでたく予選落ちしたので、午後はボケ~っと耳をふさいで過ごしていればいい。俺が言ったのとおんなじ名前を言う奴がいたら気まずいな、っていうのと、誰か同性の名前を言っちまう奴いねえかな、っていうのだけが気がかりだが、ま、面倒くせえから放っとこう。
 奥さんや恋人に案外真面目な愛の言葉を叫ぶ奴がけっこういる。よくやるぜ。聞いてるだけで気恥ずかしい。こんなの、誰が楽しいんだよ。と思ってみんなの表情を見るが、みんなゲラゲラと笑ったりほのぼのと拍手をしたりと、意外に楽しんでいる。あ~不気味だ。なんなんだよ、この集団。今この瞬間だけは、仏頂面で黙っている隊長だけが俺の仲間のような気がする。
 それにしても、隊長の顔が怖い。怖すぎる。若干顔色も悪い気がするし。怖えな……休憩時間に少~しだけ近寄って様子を窺うと、なんだかちょっとゼエゼエいっている。おそるおそる声をかけてみた。
「あのお、もしや体調悪いんですか?」
「うん。張晏ちょうあんのせいだ。」
え~、呼び捨て?
「そんな、具合悪くなるほど怒るほどですかね。」
「……野郎、ナメやがって。」
恐ろしい表情で歯ぎしりの音をたてた。
「そんなに腹立ってるんだったら、ちゃんと正面きって喧嘩して下さいよ。黙っていかってないで。」
「…………。」
無言で何か考え込んでいる。と、思ったらとめどなく咳き込み始め、あたふたと営舎に向かって歩き出した。怖いもの見たさで尾行する。と、突然くるりと振り返った。
「炭火、貰ってきてくれる? 俺の部屋に。至急。頼みます。」
尾行されてるの気付いてたんスね。
 休憩時間中に用事を頼まれるなんて初めてじゃなかろうか。至急と言われたのであわわわってなりながら慌てて火のついた炭を持って行く。隊長は待ちかねたように炉に炭を置き何やらあやしげなものをグツグツと煮立て始めた。
「お茶ですか?」
「薬。」
「喘息の?」
咳き込みながら頷く。なんか、さっきより重症化してるな。
「あのお、単純な話、喘息ひどかったら大声出せないですよね?」
もう話しかけてくれるなとばかりに目を閉じてコンコンゼエゼエいっている。
「え、ちょっと、大丈夫ですか? お医者さん呼びましょうか?」
いらんいらん、という感じで手をひらひらと振りながら、薬を湯呑にそそいで咳き込みながらゆっくりと飲む。ゼエゼエいってるし。完全に病人じゃないか。



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