二十七、徙民考(しみんこう)(7)

 大慌てで列に入って点呼を受ける。忘れ物ないだろうな? うん、よしよし、大丈夫。みんなが揃ったところで隊長が何事もなかったかよのうに訓示を垂れる。この一年いろいろあって、みんないろいろがんばってきたと思うのだが、隊長はへらへらと笑いながら
「正月にご馳走を食べすぎて太っちゃったら、せっせと励んで体重戻してから帰って来な。」
とロクでもないことを言った。
公惟こうい、いまの意味分かった?」
公惟はふて腐れた表情で答えた。
「はい。正月から自分達で走り込みとかしなくちゃいけないんですね。」
的外れな回答を聞いてみんなが爆笑する。
「違うよ。乗馬。」
「えっ、馬になんか乗れないです。」
みんなゲラゲラと笑い転げる。
「乗れるよ。乗ってきな。二本脚のお馬さんにね。」
もう。なに言ってんだよ。ほんとロクでもねえな。一年間がんばってきた総括がこれかと思うとガッカリだ。というかたぶん、隊長はここで総括をしようという気なんかないんだろう。年が改まるというだけで、べつに取り立てて何かを成し遂げたわけではないからな。
 ちなみに、騎乗するのは女のほうなのではないかと疑問に思う人もいるかもしれないが、女に乗ることを馬に乗るというたとえ方も存在する。俺達の間ではそちらのほうが人口じんこう膾炙かいしゃしていた。

 留守番に当たる連中からの冗談半分の怒号を背に兵営を後にする。隊長はニヤニヤしながら怒れる部下たちを見守っている。泣いたり笑ったり、忙しい野郎だ。

――家出中でした。
――親不孝なんじゃないのオ?

ごく当たり前の会話じゃないかよ。泣くほどのことかよ。

 薄雲を透したやわらかい日ざしを受けながら街道を歩く。年の瀬の漢中盆地は一面に越冬中の菜の葉が広がっている。もう二カ月もすれば、隊長が愛してやまない黄色の絨毯が野を蔽いつくす様を見ることができるだろう。漢中の風景なんか、ここで生まれ育った俺にしてみれば当たり前のものだ。わざわざ美しいと思うなんて、よそから来た人間の言うことだろう。
 隊長の年齢は分かりやすい。俺の兄貴と同い年だ。建安けんあん元年生まれ。長坂の戦いの時には、十三歳だったわけだ。ちょうど親不孝を始めるくらいの年頃だ。べつに、そこでちょっと早まって家出をしたくらいで、泣くほど後悔することもないじゃないか。ふうん、家出か。やるなあ。ふつう、親子喧嘩した時とかに「家出してやる!」とか一瞬考えるとしても、今晩寝るとこどうしようとか、きっとすぐ腹減るけどどうする? とか考えると、まず実行しないよな。隊長はふつうじゃない。せっかちで行動力のある馬鹿だ。



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