二十七、徙民考(しみんこう)(3)

「あれっ、鉄騎は一昨日から休みですよね? 李隊長は帰らないんですか?」
いつから休みに入るかは部隊の出身地によって違うんだ。うちの部隊は漢中かんちゅうだから半日で帰れるが、鉄騎は南中からの移民の集落が葭萌かぼうにあるから二日早く休みに入ったはずだ。
「アハハハ、帰るってどこに?」
「えっと、ご自宅に。」
「自宅? 荷物置き場? アハハハハ。俺の帰る場所は異度くんの胸の中だよ。」
「はああ?」
俺がオエって思いながら呆れた声を出したのと、隊長がぎょっとした顔をしながらおろおろと立ち上がったのとほぼ同時だった。
「えーっと、お茶のおかわり用に水貰って来ます。」
部屋の中にまだ汲み置きの水があるのを知らないはずはないが、隊長はそそくさとかめをぶら下げて部屋から逃げて行った。
「火を貰ってくるとか水を貰ってくるとか、そういう雑用を異度くんはいつも自分でやっちゃうのかい?」
「はあ。異常に身軽なんですよ。」
「ふうん。兵隊根性が抜けないんだねえ。」
可笑しそうに笑っている。「そうじゃねえ。ヤツはあんたから逃げ出すためにああ言って出て行ったんだぜ」ってハッキリ教えてあげたほうがいいのかな……。
「じゃあ、臘日は家に帰らないんですか?」
「うん。オレ異度くんとしっぽり留守番してる。」
「しっぽりって、なんかいやらしいですね。」
「アハハハ、若者はすぐそういうほうに考えが行くんだねえ。」
「李隊長も二年連続で留守番ですよね。」
「っていうかオレ万年留守要員だよ。」
「えっ!」
「オレの居場所はここだもん。自宅は荷物置き場。」
「ご家族はなんにもおっしゃらないんですか?」
「家族ないもん。オレ身よりないからさ。オレと結婚したら遺産は全て異度くんのものだよ、って言って口説こうかなあ。アハハハハ。」
「そうだったんですか。そういう方、意外に多いんですかね。」
「オレくらいの世代にはけっこう多いかもね。オレ何歳なんだか知らないんだけどさあ、たぶん董卓とうたくが生きていた頃に生まれてそうだもんね。七哀しちあいの詩そのまんまなんじゃない? 門をづるも見る所無く、白骨平原をおおう。みちに飢えたる婦人有り、子をいだいて草間につ。アハハハハ。」
七哀詩は名文家の王粲おうさんの作で、長安が蹂躙じゅうりんされ住民が南方に避難する際の悲惨な光景とか哀しみとかを詠んだものだ。



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