二十五、鏡(5)

 それから一月近く経って、俺が文彬の言っていた矛盾の話なんかすっかり忘れた頃に、隊長がなにやら書きつけを読みながら嬉しげに
「明日は大事なお客さんが来るぞ。」
と言って、書きつけをひらひらさせながらくるくると回って喜んだ。喜び方がキモい。
「何か準備しておきますか?」
「いや、いつも通りでいいよ。」
「どなたが見えるんですか?」
「それは来てからのお楽しみ。」
こう言うとルンルンと厩舎に遊びに行って一人で馬の散歩に出かけてしまった。じっとしていられないほど嬉しいのだろうか。浮かれ過ぎだ。
 翌日は早朝から隊長は馬に乗って街道までお客さんを迎えに行った。俺も珍しくお伴をする。何者が現れるんだか知らないが、隊長がこれほど浮かれるくらいの客人だから、どうせロクなものではないだろう。それとも、もしかすると隊長の女でも来るのだろうか。まさかな……。
 こんな早朝から来んのかよ、隊長の野郎なんてせっかちなんだ、と思っていると、客のほうも相当せっかちな人間らしく、早々と馬を馳せて接近してくる人影が見えてきた。さすがは隊長の知り合いだ。隊長は
「季寧、手綱たづな持っといてくれる?」
と俺に馬を任せるとひょいっと馬から降りて全力疾走で客に向かって走り出した。馬鹿かよ。足で走らないで馬で近付きゃあいいじゃねえか。呆れながら眺めているうちに、両者はみるみる接近し、なんと隊長は客の馬に飛び乗ってそのまま客もろとも馬から落下した。なんて危ないことをしてるんだ。この客はてめえの仇敵だったのかよ。と思いながら近付いてみると、二人は抱き合ってゴロゴロと地べたを転がりながらゲラゲラと大笑いをしていた。なんて異常な奴らだろう。見なかったことにして一人で先に帰っちまいたい。横には客の馬が冷ややかな目つきで二人を見ながら口をもごもごさせていた。

 兵営に戻り、馬をつなぐ。馬を下りて歩いている二人を後ろから眺めながら、客人に対して妙な既視感きしかんを覚える。どこかで会ったことがあるのだろうか。有名人かもしれない。しかしこんな馬鹿みたいな有名人がいるだろうか。見たところ、こいつは隊長並みに馬鹿だ。
 前から張屯長が歩いて来て、二人に気付いて立ち止まり、おはようございますとでも言うのかなと思っていたら、すっとんきょうな声をあげた。
「あれっ? ご兄弟ですか?」
隊長と客人は顔を見合わせてゲラゲラと笑う。
「似てるかなあ。」
「俺こんな顔?」
「鏡あるよ。」
「え~、俺のが男前じゃん。」
「俺こんな野性的じゃねえと思う。」



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