二十四、賞月(5)

「たった二人ぽっちだからなかなか見つけ出せないんじゃないですか。二十万人の軍団ならすぐ発見できますけど。」
「どこでどんな月を眺めてんのか、それとも月も見ねえで頭から布団被って震えてんのか知らねえがよ。」
可哀相でならないというような顔をしている。普通、内心では可哀相だと思っていても表向きはおっかない顔をしておくべきなんじゃなかろうか。
「なんでそんなに脱走兵に優しいんですか? 普通、見せしめとして厳正に処分するものなんじゃないんですかね。」
俺はもちろんそんな処分が行われることを望んではいないが、隊長の態度に対して素朴な疑問を抱いたまでだ。
「だって逃げる気持ちも分かるじゃん。あの兵営に住んでる兵隊だったら、誰だってあの柵の下の抜け道の横を通るたびに逃げちまおうかなあと考えてるはずだぜ。奴らがそれをウッカリ実行しちまったのは、ちょいと魔がさしただけだよ。それで人生終わっちまうとしたらあんまりだ。」
「魔がささないように柵をバッチリ補修してやろうって気はないんですか?」
「柵がなけりゃあ逃げちまうような兵隊は要らねえんだ。」
「言うこと矛盾してませんか?」
「俺の中では矛盾してないんだけど。」
「悪いことした奴は厳罰に処するっていうことを徹底しておかないと、たがゆるまないのかなあというのが素朴な疑問なんですけど。」
「誰かを血祭りにあげてみんなを震え上がらせて、おっかねえから言うこと聞く、っていうふうにしといても、それで士気が上がるとは思えねえな。」
「じゃあどうやって綱紀を保つんですか?」
「え~、なんだろね? みんなの美意識に訴えるとか? なんか、部隊に特別な名前を付けちゃったりしてさ、諸君はよその烏合の衆とは違う特別優秀な兵隊だよって言い聞かせたら、勝手にお行儀よくしてそうじゃん? ギャハハハ、ダッセー!」
「え、なんで笑うんですか?」
「綱紀とかなんとかしちめんどうくさいこと言わなくても、みんなちゃんとしてくれてるじゃん。」
満足げに俺達の顔を眺めて笑う。確かにそうだ。俺達は基本的にすげえ真面目だ。なんなんだろう。お育ちがいいんだろうか。漢中は豊かな土地だからな。俺達がいい子なもんだから、隊長は油断して楽してるってことなんだろうか。そういうふうにも見えないが。脱走兵二名が見つかってもいないのに、なにを嬉しそうに笑っているんだろう。おかしな野郎だ。



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