二十四、賞月(1)

 夜気に金木犀キンモクセイの香りが漂い始めたある晩、そろそろ消灯という時刻になって、張屯長がぶらりと隊長室にやって来た。隊長はニコッと笑った。
「もしや匂いを嗅ぎつけて来た? 俺めずらしく酒飲んでたんだよ。一杯やってく?」
張屯長は冴えない表情だ。
「どうしたんですか、一人酒なんて。失恋でもしたんですか?」
「ギャハハハ、違うよ。月がきれいだから。」
「でも一人酒なんて。」
「雰囲気だよ。月がきれいだったらなんとなく酒じゃん? 俺べつにお茶も酒もそんな変わんないし。」
「隊長のぽんぽんはきっとお馬さんやくじらさんとおんなじようにできてるんでしょうね。」
鯨飲馬食げいいんばしょくって言いたい?」
可笑しそうにスッと盃を干す。
「どうしたの? なんかノリが悪いじゃん。ぽんぽんでも痛いのかな?」
「いや、痛いのは腹じゃなくて頭なんですがね。」
「頭痛薬あるよ。」
「いえ、そういう話じゃなくて、じつは一つご相談がありまして。でもどうしようかなと思ってるんです。」
「それは失礼しました。じゃ酒かたづけます。」
「いえ、お気遣いなく。」
という言葉が終わるまでの間に隊長は目にも留まらぬ素早さであらかた片付けてしまった。なんて機敏なんだろう。この人が将校付き勤務兵だとしたら、さぞかし優秀なことだろう。
「どうしたの? なんか言いづらいこと?」
「悩んでるんですよ。一人で抱え込まないでなんでもすぐ隊長にご相談したほうがいいだろうなとは思うんですが、もしお話しして、隊長が法に照らして杓子定規しゃくしじょうぎに処分するって言いだしたら嫌だなと思いまして。」
「ふうん。なんかマズそうな話だね。とりあえず話してみろよ、って気軽にいいたいとこだけど、内容によってはなあなあで済ませられないこともあるかもしんねえしなあ。どうするかなあ。」
張屯長の横に並んで肩に腕をまわしてウ~ンと考え込む。
「マズい話を張さん一人で抱え込んでたらいざって時に張さんばっかが悪いことになっちゃうからさあ、やっぱ聞かせてもらっとくほうがいいと思う。そんで、万一こいつはなあなあで済ませられねえと思った場合でも、張さんとしっかり話し合って互いに納得いく形で処理するようにしよう。そんなんでどうかな。話してみねえ?」
「実は、陳幼珪ちんようけい李文喜りぶんきが行方不明です。」



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