二十二、標的(6)

 俺の番が来た。俺は恐怖感も緊張感もなく、夢の中にいる人のように呆然とその場に立っている。体が自然と構えの体勢を取る。隊長が平素のようにニヤつきながら何かを言ってくるが、俺の耳には入らない。
「始め。」
という声が聞こえた。俺は夢遊病者のようにゆらりと盾を動かしながら、隊長に突きを入れる。当然ながらかわされて、隊長からも突きが入り、俺の盾がそれを受けるが、俺はもう盾から手を放しているんだ。…………。
 秒殺だった。自分がやったこととは到底信じられない。何かものに憑かれて、そいつが隊長を殺ったんだ。俺は息をすることも忘れてその場に立ちつくしている。隊長は息をすることもできないかのようにその場に悶絶している。……スゲエな、俺。今まで何百人もの仲間が狙って落とせなかった金的を、見事射落とした。王什長が褒めてくれるかと思って見てみると、什長は驚愕の表情を浮かべて固まっていた。隊長はヒューッという奇妙な音を立てながら息をつくと、苦悶の表情で立ち上がって恐ろしい目で俺を見た。……怖い。
 隊長は真っ青な顔をしてゼエゼエと呼吸困難を起こしている。明らかに病的な感じがしたので思わず
「大丈夫ですか?」
と聞いたら、苦しげな声で一言
「来い。」
と言われた。刀と盾をバッチリ構えて待ち受けているから、かかって来いという意味なんだろう。ちらりと時計を見る。まだ二羽目の鳥がようやく斜めに傾きかけたところだ。あと鳥八羽分の時間を怒りに燃えた隊長と闘うのはどう考えても恐ろしいが、止まることを許されず時間一杯闘わなければならないので、しかたなく打ちかかる。
 怒らせたぶん切っ先が鋭くなっている。俺はわけのわからないうちに胸骨に猛烈な突きを食らってふっ飛んだ。心臓が破裂したらどうしてくれるんだ。痛みと呼吸困難で朦朧となっている俺に追い打ちをかけるように隊長が無言のまま所構わず滅多打ちにしてくる。いつもはあれこれしゃべりながら木刀をふるっているのに、今はただゼエゼエいってるだけだ。俺は手で木刀をそらすと見せかけて足で隊長を蹴る。隊長は金的に受けた一撃と呼吸困難で動きが鈍っているので簡単に蹴りが入る。俺は木刀を持ち直して隊長を打とうとする。と、かわされて首から腰にかけてバッサリと斬られた。鎖骨が折れたらどうしてくれるんだ。ひるんでいる間に隊長がドカドカと矢継ぎ早に痛い急所を木刀で突いてくるが、その突きの動作に耐えきれないかのように隊長の顔色はどんどん悪くなっていく。
「ちょっと、大丈夫なんですか?」
隊長は紫色の唇をしながら無言でヒューヒューと息をつくだけだ。ゆっくりと構えの姿勢に戻り、俺を睨みつける。怖い。時計を見る。まだ四羽目の鳥がお辞儀をしたところだ。もうこの人とやりたくねえんだけど。元気一杯叩きのめされるほうがまだマシだ。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: