二、城壁にて(8)

「歌うことに集中して頭真っ白になって城通り越しちまうってこともありえねえ話じゃねえな。」
「だから隊長まで一緒になって歩かなくたっていいんじゃないんですか。」
「こういうことが好きなんだよ。うっかり城通り越しちまったら将軍に怒られちまうけどな。『バッキャロー韓英テメどこ行くんだえ!』って。」
魏鎮北ぎちんほくはそんなしゃべり方じゃないですよ。」
「あの人どんなふうに怒んの? 馬っ鹿もーんとか言う? たわけ者! とか?」
「馬っ鹿もーん、かな。いや、なんか、『なっとらん!』って怒鳴ってたことありました。鞭振りおろしながら。」
「おお怖え。危ねえなあ。鞭で叩かれて変な方に目覚めちまったらどうしよう。」
「心配すんのそこですか。」
「危ねえよ。俺まだ独身なのに変な癖ついちまったらますます縁遠くなるぜ。」
「早いとこ縁談決めたほうがいいですね。」
「ところでさっきなんか痛えっつって騒いでたのどこ?」
「えー? いやいいですよ。もう麻痺してきました。」
「そりゃ危険だな。見せてみな。おうこれね、へっへっへ、可哀相によ。軟膏べったり塗っといてやろ。あと周りになんか適当に詰めときゃあいいだろ。痛いの痛いの飛んで行けー。」
軟膏をべったりと塗り、周りにムギュムギュと手荒く布をあてがい、擦れるのを防いでくれた。意外に細やかだ。

 南鄭の城が見えると、俺達はすっかり元気を取り戻した。身体はヘロヘロだ。しかし気持ちは三百里を踏破したことで高揚している。
「ああ、着いた~。」
「やっとだぁ。」
「よく歩いたなぁ、俺ら。」
無邪気に喜んでいる俺達に、隊長は満足げに笑いかけた。
「一人の落伍者も無しだ。立派だな。」
へえ、そうなの? 不思議だな。俺達が素直にスゲエスゲエと顔を見合わせていると、隊長は手をこすり合わせてへっへっへと楽しげに笑った。
「さて、こっからがお楽しみの城攻めだぞ。さっそくやろうぜ。早いもん勝ち。」
「一番乗りしたら何かご褒美ありますか?」
「お小遣いと外泊許可、あと、将軍の前でうんと褒めといてやるよ。」
「隊長の手料理でおもてなしして下さいよ。」
「なんだそれ。まあいいけどよ。はい、始め。」
みんな馬鹿丸出しで元気一杯城壁に取り付く。隊長は他人事のように拱手傍観きょうしゅぼうかんして笑う。
「おうおうよくやるぜ。目の前真っ暗になって倒れちゃう奴とかいねえのかよ。スッゲエなぁ。」
スッゲエなぁって、できると思って指示出してんじゃねえのかよ馬鹿野郎。



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