二、城壁にて(6)

「夜は寒いぜ~。」
「鎧着っぱなしってのがイヤだな。くたくたになりそうじゃん。」
「最後城壁なんて登れんのかな。握力なくなってそうじゃん?」
「登んなきゃ終わらせねえってよ。」
「無理だろ。隊長クビ!」
奴らがゲラゲラと下品な笑い声を立てるのが俺のところまで聞こえたから、隊長も奴らの会話が聞こえていたと思う。奴らだってべつに聞こえないように気を遣ってしゃべろうという気もなかったんだろう。
 隊長はどこ吹く風といった様子でウキウキと歩いている。そう、歩いていたんだ。部曲督といえば普通はにしき戦袍せんぽうを着て馬に乗っているものなんじゃないのか。俺はイラついて問いただしてみた。
「なんで隊長まで一緒に鉄鎧着て歩いてるんですか?」
「趣味。」
「……頭おかしいんじゃないですか?」
「まあ実戦ではやらねえよ。本業にさし障るからな。」
純然たる趣味だというのか。つまりこいつは純然たる馬鹿なんだ。

 往路はなんなく歩き通した。月が皓皓こうこうと照る中、取り立てて目印らしきものもない街道の只中で、隊長は停止を命じ、ここが折り返し地点だという。
「あそこに見える山がもう子午道しごどうの入り口だぞ。南鄭から意外にすぐだろ? そこを抜ければもう長安だ。近っけえもんじゃねえか。」
「なんなら今すぐにでも行けそうですね……。」
俺の何気ない一言に、隊長は口の片隅を上げてニヤリと笑い、
「勇壮なこと言ってくれるじゃん。」
と言うと、あっさり
「さ、帰るぞ。」
きびすを返した。あっさりしすぎだろう。
「え、もう帰るんですか?『待ってろよー、長安!』って叫ぶとか、ないんですか?」
「叫びたきゃ叫べ。」
単調な行軍に退屈していた俺達は、口ぐちに
「やい 曹叡そうえい、首を洗って待ってろよ!」
「貴様らの都を血の海に沈めてやるぜ!」
などなど、好き勝手に叫んだ。その間、隊長はニコリともせずに彫像のように立っていた。いつもニヤニヤしているくせにどうしたことだろう。



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