十九、悪党(3)

「熱ねえのかな。」
隊長は文達の額や首筋をちょっと触った。
「微熱かな。ま、そんなもんだろ。いつ頃から具合悪かった?」
「今日の昼頃からです。」
「隊列移動やってる時へばってたもんな。我慢しなくていいのに。」
なぜかにこやかで優しげだ。さっき便所を見張りながら「野郎、あやしい」と言っていた時の鋭い表情とは別人のようだ。
「他にも具合悪そうな奴いる?」
「いないと思いますけど……。」
「ふうん、不思議だな。なんかみんなと違うもん食った?」
「いえ、特には。」
「昨日演習の時に喉かわいてどっかの得体の知れない湧き水を飲んじゃったとか?」
「いえ、ないです。……。」
「食あたりとか水あたりとか、そんな感じに見えるけどな。お腹の風邪、っていうのもあるけど、他のみんながピンピンしてるってのが不思議だ。なんだろう。」
隊長がまじめな表情で考え込んでいると、文達が思いつめた様子で
「申し訳ありません!」
と言った。
「実は、隊長に頂いた水あたりを防ぐお守りの銀貨を紛失しました!」
「ふうん、なるほど。昨日カンカン照りだったから水が痛んだのかもしんねえな。あのお守り、よく効くんだよ。」
文達が叱られたら可哀相なので、紛失問題から話題をそらすために口をはさむ。
南中なんちゅうで一回もお腹を壊さなかったという伝説の……。」
「伝説っつうか事実だけどな。」
「ところで隊長、南中で何か表彰されたっておっしゃってましたよね。」
「表彰よりも腹壊さなかったことのほうが自慢だぜ。南中で表彰受けた奴はゴロゴロいるけど腹壊さなかったってのはもしかして俺だけなんじゃねえかと思ってる。」
「たぶんそうでしょうね。」
「しっかし、俺の形見の銀貨を、紛失とはなあ。ひゃっひゃっひゃっ。」
せっかく話題をそらしたと思ったが、やっぱりそこに戻ってきた。隊長は細かい性格だから、簡単にごまかせるわけないか。執念深い奴め。しかし、意外にも、隊長はお守りをなくしたことを大して責めもしなかった。
「俺様のことを不死身だと思って油断して粗末にしてやがったな。しかたない。じゃもう一個やるよ。はい、どうぞ。もう失くすなよ。」
いつもならネチネチ言うくせに、どうしたことだろう。文達も呆気にとられている。
「ありがとうございます。……。」
官品の管理にはめちゃくちゃ細かい人だが、私物についてはおおらかなのかもしれない。さらに、盗人に追い銭という表現が適切かは分からないが、文達にこう言った。
「他にも銀貨失くしちゃった奴がいたら、新しいのもらいに来いって言っといて。」



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