十九、悪党(2)

 腹でも壊しているのだろうか。しばらく出てこない。隊長はぶらぶらと便所に近付いて行く。便所の出待ちですか。非常識だ。この間に俺はションベンを済ませて隊長のところに戻る。やがて文達も出てきた。隊長はぶらぶらと近付きながら声をかける。
「おいす。」
「お疲れ様です。」
「どう、元気?」
「はあ、ぼちぼちです。」
「ギャハハハ、なんだその微妙な返事。元気ないじゃん。どうしたの? 大丈夫?」
「じつはちょっと腹具合が悪くて。」
「おう可哀相に。どんな感じ?」
「やや下し気味です。ずっとピーピーしてるわけじゃないんですけど。」
「下してるだけ? 熱とか吐き気とかないか?」
「ちょっと吐き気あります。吐くまでいかないですけど。腹痛いし気持ち悪いですよ。」
「そりゃ気の毒に。腹痛と吐き気止めの薬やるよ。来な。」
隊長は文達ぶんたつをともなってぶらぶらと部屋へ戻って行く。
 おかしな奴だ。部曲督なら将校用の便所を使用するものなのに、隊長は時々兵隊の便所に入ってくるからみんなにウザがられている。便所ぐらいゆっくりさせろ、ここでも気が抜けねえのか、と大変不評だ。兵隊根性が抜けないから兵隊専用の場所に無遠慮にズカズカと入ってくるのかなと思っていたが、まさか便所の臭いを嗅いで兵隊の健康管理とは。あきれるぜ。そんなこと、什長にやらせればいいじゃないか。まあ、そんなことをやれと言われたって、みんな真面目にやらないだろう。俺達は誇り高いんだ。もしもそこまでやらせるとしたら、専任の役職を作って特別な手当でも与えなければ無理だろう。ちなみに、うちの部隊が使用している便所はよそと比べて異常に清潔だ。汚したまんま放っておくと、隊長がネチネチと怒るからだ。
 隊長は何やら得体の知れない煎じ薬をグツグツとやり、文達に与えた。
「煮えたぎってるから火傷しないように気を付けてゆっくり飲めよ。」
「冷ましてからあげればいいじゃないですか。」
「冷めてたら一気に飲み干してオエッってなりそうじゃん? アチッ、アチッ、って言いながらゆっくり飲むのがいいんだよ。」
「マジで熱いです。飲めないです。」
「まあごゆっくり。下痢は止めないほうがいいから放っとくぜ。せっせと便所に通いな。で、もし万が一ちょっとでもどっかを汚したと思ったら、ただちに現場を封鎖して俺を呼んでくれ。」
「え、隊長を呼ぶんですか?」
「そ。俺こういうことに超細かいんだ。ざっとお掃除してしれっと無かったことにしちまうのはやめてくれ。」
「はい、わかりました。」
「今までどうだったかな。」
「大丈夫だと思いますけど……。」
「そ。ならいいんだ。なんか申し訳ないね、嫌な思いをさせて。こういうこと重要なんだよ。伝染性のものだったらやっかいじゃん?」
「わかりました。気をつけます。」



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