十八、桃姚路(とうようろ)(4)

 次の日、朝食後にさっそく出発する。わ~い、お花見だ。ルンルン。五十里はさほど遠いとも思わないが、後半に山越えがある。迷子になったりしねえのかな。でっかい虫とかいそうでイヤだ。隊長が将軍に計画を伝えに行ったら、将軍は「花ならもっと近くにいくらでも咲いてるだろう」と笑っていたそうだ。そのことを伝え聞いた張屯長は、「いやあ、山奥の秘境に忽然と桃園が広がるのがいいんですよ」とニヤついていた。桃園村は街道を通って西から行けばさほど秘境でもないのだが、南鄭なんていから真西に山を突っ切って行けば、山奥に豁然かつぜんと広がる別天地のように見えるはずだ。実際には俺達が山奥から忽然と現れる変人集団なのだが。
 今回、隊長は指揮をとらない。張屯長が先頭に立って道案内をし、陳屯長が最後尾について行軍の監督をする。隊長は呑気にくっついて行って気ままに遊んでるだけの人だ。そして万が一何か問題が起こった場合には、将軍に「なっとらん!」と怒鳴られる係だ。山越えがあるので、馬には乗らず徒歩で来ている。陳屯長が小休止の指示を出すたびに、隊長はせっせと食べられる野草を摘んで遊んでいる。指揮をとらなければコイツは兵隊以下の存在だ。
 二十里ほど進んだところで、野草を摘むのにも飽きたのか、閑人は呑気に遠くを眺めながら
「きれいなもんだなあ。」
と溜息をついた。
「何がですか?」
「菜の花だよ。見渡す限り黄色じゃん?」
「そういう季節ですね。」
漢中育ちの俺にとっては、菜の花なんて単なる農作物だ。花の下にはかぶでも植わっているんだろう。花を眺めてわざわざ綺麗だと溜息をつくような感覚はない。
「菜の花畑って、あんま見たことないんですか?」
「これだけ大規模なのは、漢中に来るまでなかったな。ここで春を迎えるのは六度目だけど、毎回感動する。」
襄陽じょうようではどんな畑が多いんですか?」
「あのあたりは蓮だな。この季節はちっちゃい葉っぱが開いて可愛いぜ。」
「泥にまみれて遊ぶ少年時代だったんですか?」
「遊ぶゆとりはなかったな。魚獲って食ってた。」
「へえ。子供の頃から料理とかしてたんですね。」
「料理っていうようなもんじゃないよ。腹を満たすことは生きて行くのに必要じゃん?」
「お育ちいいんじゃないんですか?」
「さあ。まあ普通じゃねえかな。どんなのが普通なのか知らねえけどよ。桃の花もいいけど、俺漢中の菜の花畑、好きだ。よそから来たからそう思うのかな。」
「きっとそうですね。自分、菜の花なんか見ても、ほとんどなんも感じませんもん。順調に育っててよかったな、って思うくらいです。」
そもそも、観賞用の植物でもないのに、身近なものを見てわざわざきれいだと感じるなんて、感性が年寄りくさい。俺のような若者は、春になったら桃の花を観るものだ、という目標を設定されて、そこに向かって邁進するという行為に醍醐味を感じ、花を観たという達成感に喜びを覚えるものなのだ。花をめでるために花見をするわけじゃない。



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