十八、桃姚路(とうようろ)(2)

 桃の花が咲きました。お花見遠足に行きましょう。こんな話をすると、税金使ってなに遊んでんだ、と思われるかもしれない。しかし、兵隊だって人間なのだから、こういうことは必要だ。十代からの兵営暮らし、家族にも会えず女もいない。街を自由に歩く機会もない。これを、死ぬか五十五歳の定年を迎えるまで続けるわけだ。花見ぐらいしなかったら、俺ら人間だか何なんだか分からないじゃないか。監獄の中の囚人だって折々の節句にはそれにちなんだ食事を食わせてもらってるんだろうから、無辜むこの俺達が花見ぐらいやったっていいだろう。しかも、演習っていう名目で遠慮しながらこっそりやるんだ。この季節になったらそういう企画をしなくちゃいけないってことぐらい、兵隊を率いている親分なら誰だって知っている。隊長だって季節性の鬱で頭がボケていなかったら、真っ先に企画していたはずだ。
 翌日、朝メシ前にさっそく張屯長が企画を持って来た。隊長は「ギャハハハ、素早いな」とか言わず、ジジイのように泰然として耳を傾ける。
「泊りがけ、いいですかね。一泊二日。」
「はい。結構です。」
普段なら、零泊二日じゃねえの? とか、一泊四日でもいいぜ、とか、訳の分らぬことを言いだす人だが。
「じゃあ、桃園村へ行きたいと思います。」
「どこの桃園村?」
「ここから真西、直線距離で五十里くらいのところです。」
「どの道から行く?」
「山を突っ切って行きます。峠を越えて。」
「ふうん。……山岳部隊。」
「ああそうですね、山岳での行動の訓練を兼ねて、っていう名目で。」
なんか文章がおかしいな。
「山を突っ切るかよ。ひゃっひゃっひゃっ、よくやるぜ。」
おや、楽しそうだ。
「じゃあ今回の企画、実行も張さんにお任せします。詳細聞かせてくれる? おれ必要なものだけ用意して黙ってついてく。なんかあったら責任は私がとりますんで、思う存分山を突っ切っちゃって下さい。」
へえ。口は出さない、責任はとる、か。ほんといい上司だな。
 朝食後、隊長はさっそく将軍の許可を取ったり物品の手配をして、の刻には部隊を陳屯長に任せて馬に乗って一人で出かけて行った。目的地周辺の住人に、軍隊が騒ぎます、すんません、って言いに行くということだった。馬で行くのだから、もちろん山を迂回して、街道を通って行くのだろう。街道を進むなら、九十里ぐらいだと思う。一人で外出とは羨ましい。兵隊には絶対に単独行動は許されないが、にしきまとったお偉い方はその点自由だ。兵隊は官品だから紛失が許されないが、将校は人間だから自己責任で行方不明になっても勝手だということなんだろう。とは言え、万が一隊長が行き倒れにでもなったら俺達が捜索に駆り出されることだろう。面倒くせえ。日没までに往復百八十里は馬でも強行軍だ。一人で行きやがって。



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