十七、初めての拉麺(7)

 夕食後に隊長の部屋を覗きに行くと、隊長は楽しげに石臼をごりごりと回していた。
「あれっ、もう書き物終わったんですか?」
「うん。晩飯前に殲滅せんめつしてやろうと思って超がんばっちゃった。おかげで美味しく夕食を頂いてこうして呑気に遊んでいられるわけです。」
「ふうん。きっとさぞ乱れた字で書きまくったんでしょうね。」
「いや、あんま書いてねえ。きっと後で誰か文面が非礼だって怒るだろうな。へっ、ざまあみやがれ。」
「あのお、これ、隊長にあげます。」
「えっ、ヨモギの灰?」
「なんで包みを開けないうちに分かるんですか?」
「匂い。」
「嗅覚まで異常なんですね。」
「あれ? 違ってた?」
「じゃなくて、異常に嗅覚いいですねってビックリしてたんです。」
「これ、このあいだの余り?」
「いえ。さっき作ってきました。」
「お前が?」
「っていうか李叔遜と一緒に。」
「へえ~。それは貴重だな。使っちまうのもったいねえ。二人のご実家に送っといてやろう。息子さんが真心込めて作ったヨモギの灰です。ぜひ拉麺作って下さいって。」
「はあ? そんなことしたらお袋ビックリしちゃいますよ。うちの息子は軍隊に入ってなにやってるかと思えば料理の材料なんか作って遊んで過ごしてるって。」
「べつにお前がこれを作ったところで、お前のせいだとは誰も思わねえよ。馬鹿の隊長の命令でしぶしぶ作ったと思われるだけだろう。」
「いや、でもお袋、隊長のこと知りませんよ。きっと立派な隊長さんに違いないって信じ込んでますって。」
「俺とっくに自己紹介しといたぜ。はじめまして、馬鹿です、すんません、っつってよ。」
「はああ? それ、いつですか?」
「もう何か月も前だよ。えっとね、去年の九月。」
「着任してすぐじゃないですか。」
「うん。迷惑かけそうな人んとこから先に回った。」
「先にって、そんな何軒も回ったんですか?」
「っつうか全軒ご挨拶済み。」
「えっ! 全軒って、どの全軒ですか?」
「全軒だよ。うちの部曲の全隊員の家庭訪問済み。」
「はああ? 上から下まで五百四人全部ゥ?」
「そ。」
「エエ~! バッカじゃねえ?」
「だから馬鹿だって。」
へらへらと笑っている。そういえば、戦死者の弔問に行った時、初対面の挨拶はなかったな……。



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