十七、初めての拉麺(4)

「人と足並みをそろえるのは大事だよ。腐った中なら腐ったなりの振る舞いってものがあるのに、無視して自己流を通しちゃダメだね。気高く美しい一輪の花なんか、めざわりなばっかりなんだからね。」
「べつに気高くないですよね。単純に馬鹿なだけですよね。」
「たぶんそうだね。可哀相に。オレが世間の荒波から守ってあげたい。」
「オレが守ってやってる感がまたいいんでしょうね。自立を支援する気はないわけだ。」
「だっていま話したようなことを言ってあげても、理解しなさそうじゃない? のんびり屋でお人よし、おまけに馬鹿なんだから。」
「確かに……。」
李隊長はずいぶん冷たい人のようだが、言っていることは正鵠せいこくを射ていると思う。

 隊長が戻って来て、楽しげに湯を沸かし始めた。不思議な奴だ。こいつは馬鹿だが、馬鹿は馬鹿でも茶を淹れられてお菓子と料理が作れて弓と飛刀と拳法の達人でどうやら軍隊の指揮もできるらしい馬鹿だ。たちが悪い。ただの馬鹿なら始末がよいが、行動力ばかりある馬鹿はやっかいだ。
 煮えたぎった湯に茶葉を入れ、グツグツと煮立てている。
「あのお、こんなに煮えたぎってて大丈夫なんですか?」
「うん。これは煮立てたほうが旨い。」
「ふつうお茶ってよく煮るもんじゃないの?」
「煮るのが多数派みたいですけど、閬中ろうちゅう茶迷ちゃめいの間では煮ないのも流行ってるようですよ。」
「え、茶迷ちゃめいなんていう人種がいるのかい?」
天府てんぷの国ですからね。豊かなんでしょう。」
「ふうん。オレら泥水をすすって生きてんのにね。」
「我々は税金で食わせてもらってるんだからいいんですよ。」
「そう言いつつキミはずいぶんいいもの食べてるみたいじゃない?」
「私の食道楽くいどうらくは一種の疾病ですよ。これをやめたらたぶん死にます。生命維持のためにやってるんだから、医薬品と同じです。人道的観点からお目こぼし願いましょう。」
「アハハハ、居直ったね。」
「いい感じに入りましたよ。どうぞ。煮えたぎってるので気を付けて下さい。」
「うわ熱ッつ! 指が熱い!」
「液体入ってる部分をガバっと掴むからじゃないですか。」
可笑しそうに笑いながら李隊長の湯呑を取り上げて几案つくえの端に置く。几案に乗っていた一巻の文書をいやそうに指でつまみあげながら、
「これってなんなんですかね?」
と李隊長に質問する。
「えー、なに? うわナニこれ。面倒くさそう! やめやめ。お茶がまずくなるよ。」
「それはいけませんね。」
大人しく書類を几案の上に戻す。
「これなんのお茶なの?」
「知り合いの人のご実家の手もみ茶なんですけど、分類としては何茶になるのかな。すごくいい香りしますよね。」
「うん。おいしい。なんなんだろう、これ。」
「非売品だから貴重ですよね。あつかましく『気に入ったからもっとくれ』って言うわけにもいかないし。せいぜい仲良くしておいて、たまに物欲しげに『あのお茶おいしかったなあ。忘れられない。』とでも言うくらいで。」
「そんな貴重なお茶を淹れてくれたの?」
「干し葡萄に合うでしょう? お薦めです。」
ふうん。俺は甘いものにもお茶にも関心ねえけどな。ああ退屈だ。



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