十六、定軍山の十一日間(6)

 五日目だ。黄屯長が敵陣の前まで行き、
「皇叔を返せ!」
と怒鳴る。陳屯長も冷静な声で
「演習とはいえ、先帝のことを呼び捨てにしちゃダメだろ!」
と曹操軍の奴らを叱る。と、夏侯栄が現れ弓を構えて引き絞り、狙いすました一矢、見事黄屯長のかぶとに射当てた。って、それ、黄忠将軍が長沙ちょうさ美髯公びぜんこうにやったことじゃん。
「老将軍、ひとつ弓の勝負といきますか。」
小童こわっぱの相手はせんのじゃ。」
なんの小芝居だよ。ふざけ過ぎだ。しゃべっている間に、俺達の陣地からかねの音が聞こえてきた。敵襲を受けているもようだ。夏侯栄は手でシッシッとやりながら、悠然と自分の陣地に引き返して行く。クソッ!
 俺達が陣に戻った時には、敵は去った後だった。陣地が踏み荒らされ、手を縄でしばられた劉屯長が呆然と座りこんでいる。俺達の糧食の中から、みんなのお楽しみのおやつや酒ばかりが略奪されていた。

 六日目、俺達は燃えている。夏侯淵なんかどうでもいい。なにがなんでもおやつと酒を取り戻すんだ。本物の黄忠将軍がやったように、高所から攻め下り、敵に有無を言わさぬ猛攻を加える。と、夏侯淵が
「そーれ、お前たちの欲しいのはこれだろうが。」
と、おやつを俺達の目の前にバラ撒き始める。俺達は精鋭だ。作戦行動中にお宝に惹かれて隊列を乱すようなことはしない。涙を飲んでおやつを犠牲にし攻撃を続ける。と、夏侯栄が逆上して、
「食べ物を粗末にしちゃダメだろ!」
と父親に食ってかかった。
「仲間割れだ! 笑止!」
黄屯長が芝居がかった口調で野次った。曹操軍の奴らは夏侯淵と夏侯栄による壮絶な親子喧嘩を目の当たりにして浮足立っている。
「わははは、策に溺れたり、夏侯淵。」
さっきから黄屯長の芝居がかった言葉遣いが気になるが、構わず敵兵を叩きのめしていく。
「夏侯淵を捕らえろ!」
「殺せ、殺せ!」
すると夏侯栄が夏侯淵の前に立ちふさがって、
「てめえら食い物踏んづけてんじゃねえ!」
と大暴れを始めた。これはマズい。おお……伝説の壇中だんちゅう打ちだ。マジか。ほんとに一丈ぶっ飛んだ。
「夏侯栄を取り押さえろ。」
「ふざけんな! 俺様を誰だと思ってやがる! 張車騎の趣味のお料理作りの一番弟子、韓師傅しふとは俺のことだ!」
それ聞いたことねえし。
「愚かなり夏侯栄。乱心したか。」
「乱心してんのはてめえらだバッキャロー!」
夏侯栄は手当たり次第に我が軍の将兵をぶっとばしながら、みるみる黄屯長に迫って来る。これはマズい。我が軍はたまらず退却した。



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