十六、定軍山の十一日間(10)

 八日目になった。屯長たちが苦笑いしている。
「息子が矢の雨にさらされてるのに誰一人助けに出さないとはなあ。」
「本物の夏侯淵とは似ても似つかないよ。あくまでも守りに徹する気だな。」
「やはり実際の定軍山の戦いのように、高所から強引に敵本陣を攻撃するしかないんじゃないか。」
後で聞いたところによると、実際の定軍山の戦いではべつに敵の陣地を高所から襲ったのではなく、陣地から出てきた夏侯淵を高所から襲撃したのだそうだが、俺達はそこらへんの知識があいまいだった。確かに、冷静に考えるとおかしいよな。野戦なら高所からの勢いを利用できるが、陣地を攻めるとなると障壁の手前で一旦止まるのだから、わざわざ高所から行く意味がない。そんなことにも気付かないボンクラ屯長たちに、俺達は率いられていたわけだ。
「夏侯栄さえいなければなあ。」
「また昨日と同じ手でいいじゃないか。季寧に行ってもらおう。」
え~っ、俺ヤダよ。
「え~っ、さすがに二度はひっかからないんじゃないですかあ?」
「なんかおしゃべりして引きつけといてくれるだけでいいから。今日は矢も当てないからな。夏侯栄さえ戦線から引き離しておいてくれたら、夏侯淵を討ち取るから。」
「おしゃべりしてたって、本陣が危ないとなったらさすがに戦線に加わるんじゃないですかあ?」
「いいからやれよ。」
「はあ。分かりました。」
 納得が行かないながらも、昨日と同じ地点に調理台を設置する。夏侯栄が柵の手前までやって来て、胡乱うろんそうな目つきで見る。
「懲りねえ野郎だな。」
懲りてねえのはてめえだろ。
「隊長、昨日はすみませんでした。今日は水とお湯を持ってきました。水の中にお湯を少しずつ入れてったら、ちょうどいい温度にできますよね。こんどはきちんとやりますんで、教えて下さい。」
隊長は不機嫌そうな顔をしながらも、迷うことなく陣地から出てきた。本当に馬鹿だ。
「じゃあ、まあ思うようにやってみな。質問があれば受け付ける。」
横で仁王立ちになって腕組みをしながら俺の作業を見る。俺はしぶしぶ水に湯を足し始めた。敵の連中は今日も固唾をのんで見守っているだけだ。こと食い物に関しては、隊長を止めることはできないと考えているのだろう。
「水の温度、このくらいですよね。」
「どれ。」
丁寧に手を洗ってから、料理用の水に手を差し入れる。
「うん、いい温度だ。」
再び腕組みの姿勢に戻る。めっちゃ威圧感ある。俺はしぶしぶ粉に水を注いで混ぜ始めた。
「ほんとにポロポロしますね。」
「そんなもんだ。」
眉間に皺をよせている。明らかに不機嫌そうなのに、なぜわざわざ付き合うのだろうか。



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