十三、鉦(かね)の音(7)

「っつうかその質問はとっくに将軍がしてる。」
「で、将軍はなんておっしゃってるんですか?」
「ギャハハハ。話にならんっつっていかってた。」
「やっぱり。それがふつうの反応ですよ。」
「会話は大事だな。誰か通訳できる奴いねえのかな。」
「え、それは丞相のろう訛りがひどくて言葉が通じないってことですか?」
「ギャハハハ、それウケる。まあ、将軍が怒りながらも指示通りやってるんなら、俺らはなんにも疑わなくていいんじゃない。」
「怒りながらじゃなくて確信持ってやってもらいたいですよ。将軍の言ってくれることって、いっつもハッキリしてるじゃないですか。でも丞相の言うことってちっとも分かんないですよ。将軍が納得するようなことなら、自分らも納得できますけど。」
「それは丞相が政治家で将軍が軍人だからだろ。だからいま大切なのは教育だな。幼児教育。」
「あっ、また煙に巻こうとしてますね!」
「ひゃっひゃっひゃっ。」
何を呑気に高笑いしているんだ。俺達の部隊は漢中郡の出身者で編成されているんだ。全員同郷だ。包囲が解かれてからここへ来るまでの間に負傷者の中から二名死亡したから、今回の遠征での死者はこれで十一名だ。
「なんでそんなに楽しげにしてるんですか? 我々、今回負けたんですよね。」
「べつに負けてないだろ。」
「え、なんでですか? だって撤収してますよね。隊長だって最初に言ってたじゃないですか、メシとクソさえうまくいってりゃ大概の戦には負けねえもんだって。メシがうまくいかなかったから負けたんですよね。」
「勝った勝ったって騒いどきゃあ俺らが勝ったことになるよ。ムカつく野郎を不意打ちで一発ぶん殴っといて、仕返しされる前に全速力で帰って来て、ヤッタヤッタ俺らは強えっつって騒ぐわけ。」
今回、丞相は孫礼そんれい張虎ちょうこ楽綝がくちんらをさんざんに打ち破ったところでサッと撤退を決めたらしい。
「なんにも収穫ないじゃないですか。骨折り損のくたびれ儲けだ。」
「命あったら丸儲けって言葉、知らねえの? 先帝も『人を以てもとと為す』っておっしゃってたじゃん。しょくよく千里、天府てんぷの国だ。人間の頭数が確保できてりゃあなんとでもなるんじゃん? よかったじゃねえかよ、元気に帰れて。喜べ。」
「馬鹿じゃないですか? 十一人死んでますよ。」
「不利だと思ったらさっと撤収してくれるのはありがたい。」
「だから、不利なのは最初から分かってるじゃないですか。なんで下手を打つんですかね。」
「さあてね。勝負は水ものじゃん? 思わぬところで勝機が転がり込んでくることもあるよ。でも勝ちが転がってても勝負にでなけりゃ拾えねえじゃん?」
「どっかに勝ちが落っこってないかな~ってあてもなくウロつき回るっていうんですか?」
「勝機を作るためにつっつき回すんだよ。言っとくけど、勝機がめぐってきてないのにエイヤっと長安だけ攻め取っても、そんなものはすぐ敵さんに取り戻されて終わっちまうぜ。陳倉ちんそうも落とせねえのに長安を急襲とは笑わせる。丞相のことを軍事にうとい間抜け野郎みたいに思うのは間違いだ。」
すげえこと言うな。丞相の戦略を迂遠うえんだとして、一気に長安を急襲すべしと力説しているのは、他でもない俺達の鎮北ちんほくじゃないか。
「えっ……それ、将軍に面と向かって言う勇気ありますか?」
「そうだな。四百九十四人の命を預かってるんでなければ言えるよ。今の立場でそれを言うのは危険だな。逆鱗げきりんに触れていっつも一番危険な任務ばっかり振られたら悲劇じゃねえ?」
「じゃあそんなことはもう金輪際こんりんざい口に出さないほうがいいんじゃないですか?」
「さあな。必要だと思えば言うぜ。」
「いやいやいや、勘弁して下さいよ。馬鹿ですか。」
「馬鹿だ。」
真面目な声で言うので、どんな顔してんのかなと思って見てみたら、決意に満ちた真剣な表情をしているのでぎょっとした。確かに馬鹿だ。愚かなことを真剣に行う者を馬鹿と呼ぶ。



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