十三、鉦(かね)の音(2)

 敵は弓の隊長を失って以来、水を打ったように静まり返っている。しんみりとお弔いでもしているのだろうか。怒号を上げながら暴れる奴とかいないのだろうか。お育ちのいい連中だ。
 俺達が肉を焼く煙を立て始めた頃、敵陣から何騎かの騎兵が嫌がらせにやってきた。隊長のことを匹夫ひっぷだの下郎だのと呼ばわりながら挑発している。昨日短気で暴れん坊な姿をさらしたので、こいつは挑発すればそそっかしく出て来て防御を緩めるだろうと思われたのだろう。隊長は確かに匹夫だし下郎だ。昨日みたいに自分で手を下して目の前にいる奴を一人たおすしか能がないような奴を匹夫と呼ぶ。そして、口のききかたはどう考えても下郎のそれだ。無理もない。徴兵で入って来た兵卒野郎で、三ヶ月前までは什長だったんだ。匹夫、下郎、というのは客観的事実であって、とりたてて侮辱には当たらない。
 みんな笑いながら聞き流している。隊長にれかかる奴がいた。
「ほらもう、隊長がやんちゃしすぎるからですよ。ちょっと挑発すればすぐ釣れるって思われてますよ。」
「分かってねえなあ。俺は詩と音楽をこよなく愛するおっとりした男だぜ。」
「絶対ウソでしょう。料理と冒険をこよなく愛するいつでも沸騰寸前の男なんじゃないですか。」
「俺は沸騰なんかしねえよ。噴火するんだ。」
「危ないっすね。火災になりますよ。」
「危ねえと思った時は可能な限り遠くまで避難するんだぜ。」
今日のお肉も上手に焼けている。旨い。以前にも馬肉を食べたことは何度かあったが、とりたてて旨いと感じたことはなかった。どういう加減なのだろうか。これもやっぱり一種の妖術だろうか。
 俺達が美味しく肉を食べ始めた頃を見計らって、敵の出張ヤジ隊員からこんな罵声が聞こえた。
「やい、下郎、人でなし。馬は人間の友達だぞ。戦友じゃねえのかよ。毎日うまそうに食いやがって、肉食の野蛮人。」
うん、俺も隊長のことを化外けがいの地からやってきた狩猟民族なんじゃないかと思ってる。でも俺らの現在の主食にケチをつけないでくれ。
「隊長、あいつうるさいっスよ。お得意の飛刀でやっつけちゃって下さいよ。」
「口で仕掛けられて暴力で返すってのは能無しのやることだぜ。」
隊長は落ち着き払って上品なしぐさで馬肉を食べ終わると、「馬は人間の友達だ」という名言を発した勇者に声をかけた。
「キミいい声してんなあ。年はいくつ?」
たちまち困ったように沈黙する勇者。口が達者だからヤジ隊員に選ばれたんじゃねえのかよ。
「名前なんてえの?」
無言。
「おい俺はこないだちゃあんと自己紹介したんだぜ。失礼じゃねえかよ。まさか俺の名前を忘れちゃいねえだろうな。」
「韓英賊。」
「ギャハハハ、賊って言われた。イカしてるー! ゾクゾクしちゃう。」
だじゃれかよ。



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