十三、鉦(かね)の音(1)

 次の日もすばらしい晴天だった。さすがに馬肉も食い飽きたが、他に腹の足しになるものもない。極限状態と言えば極限状態なのかもしれないが、隊長はウキウキと楽しげに馬肉をさばいている。隊長とか上官とかいうよりも、単純に、料理さえしていればごきげんな呑気な野郎がこの場にいてくれてよかったと思う。それに、肉の扱い方が手慣れており、おいしく調理してくれるのも助かる。絶対コイツは化外けがいの地からやって来た狩猟民族に違いない。
 瞳を輝かせながらお肉を触っている夷狄いてきの民に、三人の漢族の青年が話しかけた。
「隊長、ぶちのめされる順番を決めてきました。今日は我々三名です。」
隊長はきょとんとして顔を上げたが、すぐにニヤリとした。
「へえ、昨日持ち場を離れたからってわざわざぶちのめされに来たか。」
肉包丁を置き、手を洗う。
「黙ってりゃ分からねえのによ。」
楽しげに立ち上がる。
「馬鹿正直な奴らだ。」
水月すいげつ
「おれ馬鹿正直って嫌いじゃないぜ。」
壇中だんちゅう
「麗しいじゃねえかよ。」
人中じんちゅう。今日の急所攻撃は昨日とは逆に中心線に沿って下から上に上がって行く。人中を打たれた奴は鼻血を出しながら
「光栄です!」
と言ったが、他の二名は呼吸困難でのたうちまわっている。
「痛めつけられてなんで喜んでやがる。変態かよ。それともそんな宗教か?」
「隊長が教祖だったら入信しますよ!」
「滅多なこと言うもんじゃねえぞ。俺が宗教をかたって高額な壺とかを次々と売りつける悪い奴だったらどうする。」
「全財産捧げます! 果てはこの命までも!」
「いや君らの命はもともと俺が預かってるんだよ。知らなかった?」
「光栄です!」
「へっ。馬鹿かよ。」
隊長は手でシッシッとやりながら不機嫌そうに肉の調理に戻った。
 鼻血野郎は恍然としながら横隔膜の復活した二名に話しかける。
「『へっ。馬鹿かよ。』だってよ。痺れるなぁ。」
「あの人なんなんだろな~。」
「遠征始まってから水を得た魚のようじゃないか。」
何を感心しているのだろうか。馬鹿かよ。俺は遠征が始まって以来、ヤツに対しては不気味さが増すばかりだ。



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