十二、苦肉の計(8)

 遠くのざわめきをよそに、ここでは足音と装具のカチャカチャいう音だけが響く。異常に緊張する。なぜ静かにしていなければならないのだろうか。みんなのいるところまでの数十歩の距離が無限に長く感じる。後ろで隊長が何か動作したらしく、鎧のガチャリという音が聞こえた。と同時にスコンという耳慣れた音がした。盾に矢が当たる音だ。
「惜しい! おれ超能力者なんだ。ごめんね。ひゃっひゃっひゃっ。」
高笑いの声から一瞬遅れ、前方でどっと歓声があがる。後方は水を打ったように静まり返る。
「なんの騒ぎですか?」
「狙撃だよ。後ろから名人の狙いすました一矢が飛んで来たけど俺様が超能力で防いだわけ。」
「え~……。」
なんかヒク。超能力なんてありえないだろ。話ができすぎだ。
「季寧、今の歩調を維持しろよ。絶対急ぎ足になるなよ。焦ってると思われたら後ろから滅多射ちにされるから。」
「なんでこんな命がけで暇つぶしするんですか?」
「ちょっと病気かもね。あー怖え。どうか滅多射ちにされませんように。」
「その病気、ぜひ早々に治療して下さいよ。こんな狂気に付き合わされてたら命がいくつあっても足りませんよ。」
「付き合わされたって何だよ。てめえ自分で行きたいっつったじゃねえかよ。お前兵隊になった時点で死を覚悟してんじゃねえの? 軍隊生活を大人しく無難に過ごした挙句、わけのわかんねえ流行感冒にでもかかって死ぬか、俺と一緒にめくるめく興奮の坩堝るつぼに身を投じるか、どっちを選ぶ?」
「隊長っていう立場の人が興奮の坩堝に身を投じたらだめじゃないですか。それは突撃隊員の仕事ですよ。」
「俺南中なんちゅう遠征の時突撃隊員だった。なんか表彰されて佩玉もらったよ。それが軍隊生活の中での唯一の軍功なんだ。下賜品いくつか持ってるんだけどな。俺は一体何屋なんだって感じ。」
「軍功以外で何か下賜されるって、一体なんなんですか?」
「よく分かんねえんだよ。一番わけ分かんねえのは、なんか、裁判の立ち合いをいっぱいやった年に貰ったな。何が役立ったんだか知らねえがよ。」
「何が役立ったか分かんないのに貰っちゃったんですか?」
「天子がくれるっつうもんを無下に断るわけにもいかねえじゃん?」
ひゃっひゃっひゃっと笑っている。得体の知れない野郎だ。



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