十一、蟻地獄(8)

 隊長は手持無沙汰にぶらぶらと歩き回り、呑気な雑談をしたり着衣の乱れを指摘したりとヒマそうに遊んでいる。たぶんこれは実際には手持無沙汰でもなければ遊んでいるわけでもないのだろう。その晩、就寝の前に、隊長は約束の山椒飴をみんなに配った。いつ作ったのだろうか。
「お口の中が甘いまんまおねんねしちまえよ。」
と言っていた。虫歯になりそうだ。

 翌朝、目が覚めてみると、敵は我々から百歩ほどの地点まで近付いており、援軍の数も増していた。なんなんだろう。たった三百人ぽっちの歩兵なんか、放っとけばいいじゃないか。よっぽど人手が余っているんだな。そうでなければ、ちょびっとでもお手柄を立てたいと思っている将帥が意地汚くちっぽけなごちそうを食らおうとしているかだ。お互いに得な話ではないと思う。俺達は放っておいてもらいたいし、奴らだって俺達にちょっかいを出せばその都度手痛いしっぺ返しを食らうだけだ。そんな損害を出して三百人の歩兵と名もない部隊長をほふったって、わずかな手柄にしかならない。馬鹿な奴らだ。
 りょう屯長が不安げに隊長に訊ねた。
「今のこの状態は、正解なんでしょうか。」
「さあてね。勝負は水ものじゃん? 正解なんてないって。俺らは巨人の喉元に刺さってる小っちゃい骨みたいなもんだな。べつに小骨で巨人を刺し殺す必要なんかない。ただ居るだけでいいんだから、楽なもんじゃねえか。」
「この会敵は予定通りなんですか?」
「この広大無辺な江湖こうこの中で、よく出会うことができたよな。人類ってスゲエなあ。」
「回答になってませんよ。」
「じゃあこう言ってあげればいいかな? 黙って俺についてこい、俺と一緒にいたら決して退屈はさせないぜ、ってよ。ギャハハハハ。」
「今の結婚の申し込みですか?」
「は? なに言ってんの?」
可笑しげに笑っている。
 敵はわざわざ援軍を呼び集めたにもかかわらず、この日は積極的に仕掛けてくることはなく、ひたすら俺達に罵声を浴びせかけて挑発したり、矢を断続的に射かけてきたりして嫌がらせをするだけだった。俺達はちょっとした往来をするだけでもいちいち盾をかざしながら動き、大小便もおちおちできないので、面倒くせえなあとイラつきながら一日を過ごした。隊長は暇そうにぶらぶらしながら時々ギャハハハとかひゃっひゃっひゃっとか無神経な笑い声を立てている。そうだな、俺達はべつに切羽詰まっているわけじゃなく、退屈なだけなんだ。気楽に過ごそう。



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