十一、蟻地獄(5)

冗談言ってる間に再度騎兵の突撃が来た。令旗を振りながら
「一頭残らずぶった斬れ!」
と隊長が叫んでいるのが、敵にもはっきりと聞こえていると思う。奴らは恐れないのだろうか。騎兵の突撃をうけても混乱しない歩兵なんて相手にしたことあるのだろうか。普通、馬が近付いただけで浮足立つものだ。踏んづけられたら危ないもん。でも俺らは馬よりも隊長のほうが怖いんだ。馬はわざわざ人間の急所を狙ったりしないが、隊長は一撃必殺だ。それに、指示通りに動いていれば馬に衝突しないってことを俺達は知っている。
 可哀相に。敵の馬達は俺達の餌食だ。落馬した奴も殺す。何も考えない。考えていたら何もできない。決められた行動様式に則ってためらわずに動くだけだ。体が勝手に動くが、動いた結果を目の当たりにしてぎょっとする。動揺する間もなく令旗が動く。敵は二百騎ほどだろうか。俺達は三百二十人だ。常識的に考えれば騎兵のほうが優勢な数だが、俺達が馬をものともせずに動いているから、敵はたった二百人で三百人以上を相手にしているという恐怖を感じ始めたのではなかろうか。ちなみに、うちの部隊の人数は平時は五百五人だが、戦時は三百三十七人が定員だ。四か月ごとに、三分の一ずつ休息するようになっているからだ。
 敵が少し離れた場所に集結する。もう一回突撃が来るかなと思ったが、ほこを納めたようだ。俺達も刀を納めて整列し、状況を確認する。戦死した者はいなかった。突きゆびしたとか砂埃で目が痛えとか騒いでる奴は何人かいた。俺は手首と肩と腰が痛かったが黙っていた。敵の被害の状況は分からない。馬を殺傷した数は誰もいちいち数えていなかった。人間を殺したらしい数は自己申告で十四人だった。俺は自分の刺殺したぶんを申告しなかった。

 何事もなかったように縦隊に戻り、行軍を再開する。敵の騎兵隊は未練がましくトボトボとついてくる。嫌な感じだ。隊長は馬に乗りながら地図を眺めている。地図なんか見なくたって迷子になるような道じゃないけどな。秦嶺山脈を左手に見ながら進めば自動的に陣に戻れるんだ。
 地図をしまうとキョロキョロと周りを眺め始めた。まさか何か希少食材の捕獲でも目論んでいるんじゃあるまいな。と思っていたら、
「はい止まって。そこにお泊りの準備をしよう。」
と言った。黄屯長が訊ねる。
「たった四十里じゃないですか。日没までに充分陣に着きますよ。」
「さあな。ま、準備だけして、要らねえようならまた片付けて進むとしよう。」
ふうん。謎だな。お泊りしたいだけなんじゃないか? なんだかよく分からないが、指定された地点に簡単に障壁を作る。ちょっとした丘と木立になっている場所に、テキトーに木を切ってきたり荷物や盾を並べたりしただけだ。騎兵隊は何も手を出して来ず、二百歩くらい離れた場所から怨めしげにこちらを眺めている。俺の感覚からすると、騎兵の一騎は希少価値からしても威力からしても歩兵の二十人分くらいに相当すると思う。奴らが二百騎で三百人に挑んで十四騎失ったということは、四千人で三百人に挑んで二百八十人失ったというくらいの衝撃だったろう。どうしてとっとと逃げ出さずに遠巻きに見ているのだろうか。



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