十、陳倉城(9)

 単調な行軍に飽きて発狂寸前になった頃、道は下りになる。くねくねくねくねと、坂道を下っていく。歌をうたったりおやつを食べたりしながら、退屈しないように歩く。坂を下りきって豁然と眺望が開けると、敵の防御の拠点である陳倉ちんそう城が遥かに目視できた。
 箕谷道きこくどうを通って遠征するからには、この拠点は必ず落さなければならない。ここを無視して敵地深くまで侵入すれば、補給路を断たれるだろう。

 陳倉城へ行くには、渭水いすいを渡る必要がある。橋を落とされていればさぞ難渋したことだろうが、立派な橋が手つかずで綺麗にかかっている。美しい橋だ。山国育ちの俺達には見慣れない茫々たる天地、漢水とは違う水の色に、旅愁をかきたてられながら渡る。
「橋を手つかずで置いておくなんて、郝昭かくしょうとかいう奴はずいぶんぬかってますね。」
「偉い奴だな。こういう有用な建造物を安易に破壊するのはよくない。」
「ぬかってるだけでしょう。」
「そうかな。ボンクラだったら焦って橋という橋を片っ端から落してるとこだろうぜ。手強い奴なんじゃねえ?」
「敵のこと手強いなんて言ってみんなをビビらせてどうすんですか?」
「ビビるかな? ワクワクして腕が鳴っちゃうんじゃねえの?」
これを聞いてみんな笑った。確かにワクワクしているんだろう。全員バカだ。陳屯長だけは浮かれずに冷静に発言する。
渡河とかを妨げに来るかと思っていましたが。人手が足りないんでしょうかね。」
「さあな。河を渡らせちまってからいじめたほうが敵も浮足立つだろうって読みかもよ。人手が足りなくたってどうせ長安からすぐ援軍が来るだろう。楽しみだなあ。長安出身の奴をとっつかまえて蒸し餃子の作り方習いてえ。」
「戦利品が餃子職人? わっはっは。」
珍しくウケている。陳屯長もきっと長い行軍で退屈しているんだろう。いや、緊張しているから普段笑わないようなところで笑っているんだ。隊長はどうだろうか。表情を窺ってみる。……こっちはどうやらただ蒸し餃子作りたいだけのようだ。



《広告》
ページ公開日: 最終更新日: