十、陳倉城(4)

 出陣式というのもなかなか見栄えのよいものだ。ほこげきの部隊はこれ見よがしに刃を上に向けて立ち並びキラッキラさせているし、いろんな形や色の旗もめいっぱい並んでいる。なんかよく分からない儀式やら演説やら、よく聞こえないが、なんかひとしきりやるごとに太鼓が鳴ったり笛がなったり、一斉におおと声を上げたりして、まあ、ワクワクしちゃうような演出がなされているわけだ。みんな馬鹿丸出しでやる気をかきたてられる。
 式が終わったらほどなく出発だ。出発前に隊長が俺達に話をする。いつも通りの笑顔だが、なんだかまぶしく見えるのは、きっと俺の精神状態が異常に昂っているせいだろう。ニッコリと笑う。なんて男前なんだ。そんなはずはない。ぜったい気のせいだ。
「これからひとっ走り魏をぶっ潰しに行くからな。思いっきりやろう。みんながせっせと駆けっこしたり便所掃除したりしてきたのもすべてこの時のためだぜ。」
なんだそれ? 間抜けな発言に対し、素朴な質問が飛ぶ。
「便所掃除って関係あるんスか。」
「知らねえの? メシとクソさえ上手くいってりゃ大概の戦には負けねえもんだぜ。」
「それつまんないっすよ。腕力でぶっとばしましょうよ。」
こう言ったのは例の暑苦しい王仲純だが、この時はみんな興奮状態なので、暑苦しい発言に同調しておうと一斉に声をあげる。隊長もおおらかに笑っている。
「みんなにいいものやるよ。水あたりを防ぐお守り。屯長のみなさん、屯の分を取りに来て下さい。ご自身の分も含めて一人一枚ずつね。」
「あれっ、これ西域の銀貨じゃないですか。賞与ですか?」
「賞与じゃねえよ。お守り。これを、いつも水筒の中に入れとくと水あたりが防げるらしいぜ。お金だと思って使っちまうんじゃねえぞ。俺の形見だと思っていつもピカピカにして持っておくんだぜ。おっと、形見だと思ったら憎たらしくて捨てちまうかな? ひゃっひゃっひゃっ。」
「形見ってどういうことですか? 死ぬんですか?」
「いや、人間いつどうなるか分かんないもんじゃん?」
「なんだ。死ぬのかと思って喜んじゃった。」
「まあいつかは死ぬよ。百年以内にはね。」
「百年じゃ遅いですよ。なんとか百日以内にお願いします。」
「人生ままならないもんだからなあ。今日死んであげようと思ってもうっかり百まで長生きしちまうってこともありえなくはねえじゃん? 憎まれっこ世にはばかるってやつだ。このお守りはよく効くぜ。おれ南中なんちゅう遠征中に一回も腹壊さなかったからな。」
「え、その噂、事実だったんですか? てっきり作り話かと思ってましたよ。南中で腹壊さない人間なんているんですか? っていうか、やっぱ隊長、人間じゃなかったんですね!」
「いえ、人間です。お守りの効果です。」
「いや絶対人間じゃないでしょう。人間だとしても、特異体質ですよね。」
「まあ騙されたと思って持っとけって。いいもんだぜ。」
せっかくみんながやる気を出している時に形見だとか死ぬだとか、不吉なことを言って水をさすなど、まったく非常識だ。実に隊長らしい。そんなところまで可愛く思えるほど、今日の俺達は機嫌がいい。



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